第530話 何者かが近付いて来ているようでした



「ワフ……ワウ?」

「知っているような知らないような気配と匂いがする……って言ってるよ?」

「知っているような知らないような……」


 気配は薬草の効果がまだ少し残っているから、感じられているのかもしれないが……匂いもするのか。

 レオだけでなく、複数の人間が料理された物を食べている状況なのだから、周辺はその匂いばかりのはずなのに、離れた場所の匂いを嗅ぎ取れるのか……。

 それだけ、その匂いの主が臭いのか、それともレオの嗅ぎ分ける能力が凄いのか……後者だろうなぁ。


「こっちへ近付いて来ているのか?」

「ワフ」


 俺の問いに頷くレオ。

 こちらに近づいて来る何者か……こんな森の中で、しかも街道方面ではなく森の奥にあたる川の向こうから、という時点で人間とは考えづらい。

 となると魔物だろうが……可能性のある魔物は、この森で遭遇した事のあるトロルドやオークだが、それらの気配や匂いを、レオが知らないような……と言うとは思えない。

 オークはこれまで散々居場所を察知して来たし、トロルドもレオが倒した事があるしな。

 だとしたら、他にどんな魔物が……?


「クレアさん?」

「そうですね。――お父様、皆、川の向こうから魔物が近付いて来ている気配がすると、レオ様が仰っています!」

「魔物、だと?」

「畏まりました。フィリップさん、皆さん?」

「はっ!」


 俺と同じように、レオの様子を窺っていたクレアさんに声をかけると、すぐに頷いて料理を食べている皆に大きな声で伝えてくれた。

 エッケンハルトさんは首を傾げ、セバスチャンさんがすぐに頷いてフィリップさん達護衛さんへ目配せ。

 それを受けて護衛さん達は、すぐに持っていた料理を置き、立ち上がって剣を抜き、戦闘状態になりながら川の向こうへ体を向けて並んだ。

 さすがというべきか、皆行動が速いな。


「レオ……どんな魔物かわかるか?」

「ワフゥ……ワウワウ」

「なんとなく覚えがある気がするけど、わからないって……」

「そうか……」


 俺の問いに、首を横に振って否定するレオ。

 レオがわからないという事は、初めて遭遇する魔物なのかもしれない。

 だけど、何となく覚えがあるとも言っているようだし……どんな魔物が来るのか……。


「というか、危険はあるのか?」

「ワフ? ワウー」

「……そうか」


 魔物は危険な相手なのか……と聞いて見るが、聞く相手を間違えたような気もする。

 レオにとって、危険な相手というのが存在するのか疑問なくらい、暢気に鳴いていた。

 そりゃ、目にも止まらぬ速さで動いて、あっさりオーク二体を真っ二つに斬り裂いたり、魔法まで使えるんだから、危険な相手というのがいるのかどうかも怪しい……エッケンハルトさん達と、昨日話していた事もあるしな。


「キャゥ……? キャウキャウ!」

「シェリー、どうかしたのか?」


 川の向こうを警戒し、魔物が襲って来た時に備えてリーザをレオに乗せる。

 何が来ても任せろと言わんばかりに、立ち上がっているレオを撫で、いつでも事前に練習していたGOサインを出す心構えしていたら、急にシェリーが騒ぎ出した。

 レオならともかく、シェリーの鳴き声はよくわからない。


「シェリー、それは本当なの?」

「キャゥ! キュー! キュー!」

「……シェリーは、なんて言っているんだ?」


 クレアさんがシェリーに問いかけ、それに答えるように鳴いた後、遠くまで届くように吠えた。

 それは少し嬉しそうな鳴き声にも聞こえたが、やっぱり俺にはよくわからなかったので、レオの上に乗っているリーザに聞いてみる事にした。


「シェリーが、パパとママって言ってるんだよー。パパとママが近付いて来てるって。シェリーもこっちだよーって呼んでるみたい」

「シェリーのパパとママ……? という事は……」

「フェンリルか!?」

「フェンリルですの!?」

「うぉ!?」


 リーザに通訳してもらうと、近付いて来ているのはシェリーの両親だという事らしい。

 シェリーがフェンリルなのだから、その両親というともちろんフェンリル……と言葉に出そうとした時、いつの間に近付いて来ていたのか、隣で大きな声を出すエッケンハルトさんとアンネさん。

 いきなり耳元で大きな声を出すから、驚いたじゃないですか……。

 というか、仲いいなこの二人……。


「二人共いつの間に……エッケンハルトさんはともかく、アンネさんは下がっていないと、危ないかもしれませんよ?」

「うむ、そうだな。アンネリーゼ、下がっていなさい」

「嫌ですわ! シェリーちゃんの両親にあたるフェンリルという事は、可愛いに決まっていますもの! 近くで見たいですわ!」

「いや……うーん……」


 戦う事のできるエッケンハルトさんはともかく、アンネさんは無力だ。

 武器を持っていないだけでなく、当然今まで戦った経験すらないだろう。

 本当なら、公爵家当主のエッケンハルトさんも下がっていた方がいいんだろうが……言ってもこの人は下がりそうにないしな。

 それに、クレアさんもシェリーを抱いて近くにいるから、一緒にいてくれると心強い。


 というか、アンネさん……親フェンリルが来るかもという事に興奮して、今レオに手を伸ばせば触れる位置に来ているのに気付いていないな……。

 いつもなら、レオを怖がってここまで近づかないのに。


「あ、シェリー!」

「キャゥー、キャゥキャゥ! キュゥキュゥ?」

「ワフ。ワフワフ」


 アンネさんをどうしたらと考えていると、クレアさんに抱かれていたシェリーが飛び出し、レオの前に駆けてきた。

 レオに対して首を傾げながら、何事かの確認をしている様子だが……。

 リーザに通訳してもらうと、この匂いと気配はパパとママだから、警戒する必要はないとの事。

 ついでに、レオへ会ってもいいかお伺いを立てたらしい。


 それに対しレオは、頷いて承諾し、存分に甘えて来なさいと言うように鳴いた。

 これまでシェリーに対しては、厳しくする事が多かったが、今は優しくする場面だと思ったみたいだ。

 シェリー以外に対しては、いつも優しいんだがなぁ……リーザ相手は特にというのは、俺も一緒か――。


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