第523話 公爵家に尽くす理由に納得しました



「もちろん、私も例に漏れず捕まりました。そして街とは別の場所に連れて行かれたのです。そこで、全ての人間が罪を調べ上げられました。人により、どれだけの罪があったかはそれぞれで、どうなったのかは私は詳しく存じません。ですが、ほとんどが悪い事にならなかった……と聞いております」

「それは、罪を許した……という事ですか?」

「いえ、罪を償わせたのだと考えています。過酷ではあっても、衣食住が保証された場所で働いたりとか……でしょうね」


 強制労働? 間違ってはいなくとも、それに近い響きを感じた。

 まぁそれでも、働いてさえいれば食べる物があって、明日はどうしよう……という不安がない分、スラムよりマシなのかもしれないか。

 先代当主様の事は知らないが、エッケンハルトさんを見ている限りでは、そこまで悪環境ではなかったのだろうと思う。

 鞭で叩かれて、怪我をしても病気になっても、ひたすら働かされるなんてのは……多分ない、かな。


「そしてその時、私は先代当主様と初めてお会いしました。先代様は、大勢いるスラムの者達の中で、私だけ軽い罪しか犯していなかった事に興味を持ちましてな、お話をさせて頂いたのです」


 セバスチャンさんは、周りがどうあろうとその日生きる程度の食べ物を盗む、くらいしかやっていなかったらしいからな。

 人を脅したり、物を奪い取ったりはしていなかったから、比較的軽い罪と言える。

 大きい小さい関係なく、悪い事は悪い事ではあるけどな。


「そしてその後、私は別の街にある孤児院に連れて行かれました。そこで学び、罪を償う意識を持て……と。そして、いつか成長したら、公爵家に来い……とも。別れ際、『必ず働かせられるわけではないがな? 成長を期待しているぞ』とも仰られました」

「なんと言うか、ちょっとエッケンハルトさんに似ていますね」

「ほっほっほ、そうですな。直接誰かを鍛えたくなる悪癖も、先代様から受け継いだ事の一つなのかもしれませんな」


 ようやく、セバスチャンさんの表情が笑顔になった。

 先代当主様の事は、セバスチャンさんは今でも尊敬しているのか、先程までとは違って穏やかな雰囲気だ。


「結局、先代様が関わらなければ他のスラムにいた者達と一緒に、ただ処罰されるだけだったのです。それが先代様に助けられた、という事ですな。そこから私は、孤児院で様々な事を学び、いつか必ず恩に報いようと邁進したわけですな。それから数年が経ち、あの時の言葉を信じて、私は本当に公爵家を訪ねました」


 ここで、数年前の事を忘れていたら、さらにエッケンハルトさんの父親らしい気もするが……さすがにそれは失礼か……。


「成長した私の姿を一目見ただけで、一度お会いして話しただけなのに、先代様は覚えておいでになったのです。……その時は恥ずかしながら、思わず泣いてしまいましたな」

「ははは、それは泣いてもおかしくありませんよ」

「ともあれ、そうして私は無事公爵家で雇われ、執事として一生を捧げて尽くして事にしたのですよ。おかげさまで、昔は一切考えられなかった所帯を持ち、息子も生まれ、旦那様やクレアお嬢様、ティルラお嬢様という、素晴らしい主人にも恵まれております。……まぁ、息子は少々問題ありですがね?」

「はははは! でも、確かにそんな事があったら、公爵家のためにと思いますね」


 命だけでなく、その後の人生も救われた……という事だろう。

 そこまでとなると、セバスチャンさんが公爵家に忠誠を誓う、というと少々大げさかもしれないが、それだけ尽くそうとするのもわかる気がするな。

 早い話が、どん底人生から救い上げてくれたって事だから。

 最後に、冗談めかして自分の息子さんの事を言うセバスチャンさんに、思わず笑ってしまった。


「ほっほっほ。私の事はそんなところですかな。……おっと? もうこんな時間ですか……見張りの交代をしませんといけませんな」

「あぁ、そうですね」


 セバスチャンさんも笑いながら、懐から取り出した懐中時計を見て、交代時間を過ぎているのを確認した。

 結構長い間話したからなぁ……。


「年を取ると、話が長くていけませんなぁ……」

「いえいえ、色々と聞けて良かったですよ。セバスチャンさんの事も、知る事ができましたし」

「ワフワフ!」

「お恥ずかしい限りですな、ほっほっほ」


 長く話してしまったと、苦笑するセバスチャンさん。

 俺とレオで、楽しい話をありがとうと伝えるように言っておいた。

 確かに時間は過ぎてしまったようだが、それでも面白かったし、セバスチャンさんの人となりを知れたからな。

 今まで以上に、セバスチャンさんに親しみが持てるようになったかも?


「さて、それじゃあ後はよろしくお願いします」

「ワフ」

「畏まりました。ごゆるりとお休みください」


 セバスチャンさんに挨拶をし、座って固まった体を伸ばしながらテントへと向かう。

 残念ながらレオはテントの外で寝る事になるが、気にしてないから大丈夫だろう。

 屋敷へ戻ったら、お風呂でしっかり汚れを落としてやるからな……ふっふっふ。


「グゴー……グガー……ゴッ!? グスー……」

「……これ、寝られるかな」

「御屋形様は、豪快なお方でありますからな」

「ニコラさん」

「見張り、お疲れ様ですタクミ様。セバスチャンさんは?」

「少し早く起きたようですよ」

「左様でございますか。では、某も」

「はい」


 テントに入り、鳴り響いているエッケンハルトさんのいびきに対し、寝られるかという不安を呟いた。

 俺が入ってきた事に気付いて起きたんだろう、ニコラさんから声をかけられた。

 この大きないびきの中でも問題なく寝られていたのか……すごいな。

 セバスチャンさんが既に見張りについている事を伝え、テントから出て行くニコラさんを見送った。


「グゴー……ガァー……」

「……うーん……」


 シュラフに潜り込んで、目を閉じたんだが……いびきが気になって寝られない。

 昨日は、セバスチャンさんにエッケンハルトさんが捕まって、俺が先にテントで寝ていたから大丈夫だったんだがなぁ。

 寝入ってしまえば大丈夫なんだろうけど、それまでが問題だ――。



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