第466話 森へ行く人が増える事になりました



「少し待って下さい、タクミ様」

「クレアさん?」


 リーザがどう答えるのか、ジッと顔を見て待っていると、クレアさんから静止の声。


「いえその……屋敷にリーザちゃんが残った場合、独りぼっちになるのではないですか?」

「それは……まぁ。でも、クレアさんやライラさんがいてくれれば……」

「私は、シェリーと共に森へ行きますよ?」

「クレア!?」

「クレアお嬢様!?」


 リーザが屋敷に残っても、クレアさんやライラさんがいてくれるから、寂しく思う事はあっても独りぼっちにはならないと思っていたんだが……。

 どうやらクレアさんは、森へ行くつもりらしい。

 エッケンハルトさんやセバスチャンさんは、いきなりの発言に驚いている様子だ。

 確かに、さっき森へ行く人員を確認した時、クレアさんの名前はあがらなかったから、青天の霹靂というか、ついて来るとは考えていなかったんだろう。


「何を驚いているんですかお父様? セバスチャンも。私は以前も森へ行きましたので、多少なりとも経験している一人ですよ? 経験者は多いに越した事はありません。それに、ティルラがいるのに、私が放っておくとでも?」

「いや……それはそうだが……危険だしな」

「そうです、クレアお嬢様。以前にも言いましたが、森は魔物が出るので危険なのです。わざわざそのような危険を冒さなくとも、屋敷で安全に過ごされていれば……」

「それはわかっています。でも、それは皆も同じでしょう? 頼り過ぎも良くないと思いますが……レオ様もいます。――ですよね、レオ様?」

「ワフ? ワウ!」


 あっけらかんとして言い放つクレアさんに、しどろもどろになるエッケンハルトさん。

 押しの強い時のクレアさんには、どうにも弱いようだ。

 セバスチャンさんも続いて、屋敷へ留めるように言うが、それにも怯まずレオに声をかけるクレアさん。

 一瞬、自分に話が来ると思っていなかったレオが、不思議そうな顔をしたが、頼られて悪い気はしないのか、クレアさんの安全を保障するように頷いた。


「……レオ様まで……しかしな、クレア……」

「お父様、シェリーも行くのですよ? なのに私がいなくてどうするのですか。従魔の成長はしかと見守らせて頂きます。それでこそ、従魔との信頼関係も結ばれるというものでしょう?」

「ぐ……むぅ……」

「キャゥ、キャゥ!」


 尚も何か言おうとするエッケンハルトさんに対し、畳みかけるクレアさん。

 口ごもったエッケンハルトさんに、シェリーが追い打ちをかけるように嬉しそうに吠えている。

 エッケンハルトさんを追い込むというか……言い負かそうとするのは、クレアさんもシェリーも似てるなぁ……意外といいコンビのようだ。


「それに、タクミさんに言われたんです」

「タクミ殿に? 森へ誘われたとかか?」

「タクミさんは危険がある森に誘ったりなんて、しませんよ。そうではなく、もう少し自由に行動してもいいと仰られました。それに従おうと思ったまでです」

「……確かにこれまで、クレアは自分に厳し過ぎるきらいもあったが……だからといって、ここでそれを実行しなくてもいいはずなんだが……。――タクミ殿、恨むぞ?」

「えっと……あはははは……」


 そこで昼間、俺が言った事を引き合いに出されるとは思ってもいなかった。

 クレアさんに反対する事を諦めたエッケンハルトさんは、俺に恨めしい目を向けるが……苦笑するしか俺にはできない。

 すみません……溜め息を吐いて、首を振っているセバスチャンさんにも、同じように。

 でもクレアさん、行動を見て楽しむとは言いましたが……こんな形だなんて想像してませんでした……はぁ、エッケンハルトさんの視線が刺さりそう。



「……クレアが森へ付いて来るとなると、アンネリーゼも来なければならんな」

「はい!?」


 突然自分の名前が出て、今まで我関せずとお茶を飲んで時折シェリーをつついていたアンネさんが、驚いて目を見開く。

 心なしか、縦ロールがいつもより横に広がっている……まさか、アンネさんの感情を表してるなんて事はないよな?


「私もそうだが、セバスチャンやティルラ、タクミ殿やレオ様は屋敷を離れて森へ行く。さらにクレアもとなると……アンネリーゼを監視する者がおらんからな。さすがに、おかしな事をしでかすとは思わんが、王家から預けられた手前、誰も見ていないのは不味いだろう」

「それは……その……ずっと見ていたという事になされてはいかがでしょう? ここには、王家の目はありませんし……」

「私は冗談は好きだが、そのような嘘をつく事は嫌いなのでな。王家に嘘の報告はしたくない。つまり、アンネが森へ来る事は決まったという事だな」

「……そんな……私の優雅なお部屋生活が……クレアさん、恨みますわよ」

「貴女は、もう少し外に出なさい」

「キャゥ」


 俺やレオはまだしも、責任を取れる立場の人が、アンネさんの近くにいないという事が問題なんだろう。

 セバスチャンさんに任せれば、そのあたりも上手く誤魔化してくれそうだが、エッケンハルトさんがそういった誤魔化しが嫌いというのなら仕方ない。

 引きこもりを楽しむ予定が崩れ去り、アンネさんはがっくりと肩を落とす。

 それに釣られて、縦ロールも力なく垂れ下がっている……やっぱり感情に反応するのかな?


 そんなアンネさんに、クレアさんが一言で止めを刺し、シェリーが同情するように前足を縦ロールに触れさせた。

 いや、シェリーは同情じゃなくて縦ロールの様子が面白いからだな。


「アンネリーゼも森へ行く事に決まったわけだが……リーザはどうするのだ? もちろん、危険もあるため屋敷で待っているというのなら、それでも構わない」

「どうする、リーザ?」

「んー……森には魔物がでるんだよね、パパ」

「そうだな。前にも行った事があるんだが、オークっていう魔物がいたぞ?」

「オーク……?」


 エッケンハルトさんが、意気消沈して諦めているアンネさんから視線を外し、リーザへと向ける。

 また話が逸れてしまったが、本題はリーザがどうするかだ。

 俺が決めてしまってもいいんだが、一応リーザの意思は尊重したい。

 屋敷に居るのも構わないと言うエッケンハルトさんに、重ねるように俺からも問いかけた。


 少し考えるように首を傾げたリーザは、森の事を聞いてきた。

 オークと聞いて、また首を傾げ、難しい顔をするリーザ。

 シェリーの話で何度か出ていたが、もしかすると野生の魔物を見た事がないのかもしれないな……。



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