第465話 美味しい物はシェリーにとって重要のようでした



「群れを離れた時の事は覚えていても、そういう事は覚えてなかったんですね。――レオ、どうなんだ?」

「ワフ? ……ワフワフ、ワウ?」


 クレアさんの推測が正しいのか聞くため、レオの方へ視線を向けて聞いてみる。

 首を傾げた後、はっきりとした断定ではなく、すこしだけ自信がなさそうにレオが鳴いた。


「もしかしたらそうかも? と言っていますね。あと、成長したフェンリルなら恐れて逃げる気配も、まだ子供のシェリーには不思議な感覚に思えたのかもしれない? との事です」

「確か……以前レオ様は、フェンリルはシルバーフェンリルに遭遇すると、本能から服従すると仰っていましたよね?」

「ワウ。ワウーワフワフ」

「離れていても、シルバーフェンリルの気配を察知する事もできるかもしれないと。……遭遇しないよう、大人のフェンリルなら逃げたり隠れたりするのが先なのに、シェリーは子供なせいもあって、好奇心で興味を持ってしまったのかもしれませんね」


 フェンリルも気配や匂いは鋭いのかもという事で、離れていてもなんとなくシルバーフェンリルの存在を感じていたのかもしれない。

 それか、特別シェリーの感覚が鋭かっただけかもしれないが……いや、屋敷に来てから暢気にレオに乗っていたシェリーからは、そんな気配は微塵も感じられなかったので、その線はなさそうだがな。

 ともあれ、シェリーの感じた気配はレオの、シルバーフェンリルの気配という事だろうと思う。

 森の中に、レオ以外のシルバーフェンリルがいるのかはまだわからないが、もしいたとしても、森にいるシルバーフェンリルとは違う気配を感じたんだろう。


「そうですね。――シェリー? 今度からは何かの気配を感じても、まずは誰かに言うのよ? またトロルドにやられてはいけないからね?」

「キャゥ!」

「ワフゥ……」


 シェリーに言い聞かせるよう優しく注意するクレアさんは、なんと言うか、犬を飼っているお嬢様にしか見えなかった。

 その犬、フェンリルなんですけどね……と言うのは今更か。

 クレアさんに対し、頷いて答えたシェリーだが、それを見ていたレオは「トロルドくらい倒しなさいよ……」とでも言うように溜め息を吐いた。

 まぁ、まだ子供だから、仕方ないだろう。


「シェリーが単独で行動していた理由はわかった。だが、群れには戻らなくても良いのか? クレアの従魔とはいえ、その意思は尊重せねばならん。従魔は主を襲う事はできないとされているが、都合の良い下僕ではないのだからな」

「はい、お父様。わかっております。――シェリー? 離れるのは残念ですけれど、森に帰りたいと思ってる? もしそうなら、今回森へ行くついでに従魔ではなく、ただのフェンリルとして、森へ帰れるわよ?」

「キュゥ?」


 エッケンハルトさんが深く頷き、シェリーの事情を飲み込んだ後、クレアさんの方へと顔を向けて聞く。

 従魔が主人を襲う事はできないというのは初めて聞いたが、確かにそういうものでもないと、危険で魔物を使役するという事は難しいか。

 知恵のある魔物なら、人間を騙して従魔のフリをして……という事もありそうだしな。

 頷いたクレアさんが、真剣な目でシェリーの顔を覗き込み、どうしたいのかを聞いた。

 その言葉に首を傾げたシェリーは、俺にはなんて言っているのかはっきりわからないけど、寂しそうな目をしているように見えた……クレアさんも、だが。


「シェリーがいらないとか、邪魔だとかは全く思っていないわ。むしろ、ずっと一緒にいたいと考えてるの。でも、シェリーが帰りたいのなら、私が無理強いするのはいけないでしょ?」

「キュゥ……キャゥキャゥ!」

「ふふ、シェリーはそう思うのね。わかったわ。――お父様、シェリーはこのまま私と一緒にいてくれるようです。……理由は、美味しい物が食べられるからだそうですが……」

「はっはっは、美味しい物か。それならクレアは、森に帰りたいと思われぬよう、美味しい物を用意し続けなければならんな。もちろん、レオ様に怒られないよう、食べすぎは良くないがな」

「ワフ! ワフ!」


 寂しそうにしながらも、真剣な目でシェリーに聞くクレアさん。

 それに対し、シェリーは何かを訴えるように強く鳴き、クレアさんの頬に鼻先を近付け、舌を出してぺろりと舐めた。

 シェリーなりの、愛情表現なのだろうと思う。

 その行動に、力の入っていた肩から力を抜き、笑顔でシェリーが一緒にいてくれると報告。


 その笑顔は、シェリーが森に帰ると言わなくて良かったと、安心する色が見られた。

 食べ物が理由という事で、最終的には苦笑に変わったが。

 エッケンハルトさんも笑ってそれを受け入れ、引き続きシェリーがクレアさんの従魔として一緒にいる事を認めたようだ。

 俺はそんな親子を微笑ましく見ていたんだが、レオが力強く鳴いて、シェリーに同意していた。

 ……お前も、美味しい物には釣られるんだな……気持ちはわからないでもないけどなぁ。


「クレアと一緒にいるという事は、レオ様の特訓を受けるという事だな」

「キュゥ……」


 レオからのダイエット特訓という事を思い出させるように言うエッケンハルトさんに、シェリーが力なく鳴いた。

 話が逸れたから、今まで忘れてたようだ。

 話を逸らしたのは俺だけどな。


「それではレオ様、シェリーはオークを含めた魔物と戦うという事で。食べ物は……今回はレオ様が計画された事なので、現地調達とする事。さすがに調理はお任せ下さい」

「ワフ!」

「……キュゥ」


 確認のため、レオにシェリーの扱いを聞くエッケンハルトさん。

 力強く頷くレオに対し、力なく項垂れるシェリーが対照的だ。


「それでは次に……」


 シェリーの事を確認し終わったので、次はリーザがどうするかの確認だ。

 エッケンハルトさんやセバスチャンさんと一緒に、リーザに対して森の危険性も含めて説明する。


「リーザは、どうしたい?」

「パパやママと、しばらく離れるの? ……だいじょ」

「リーザ、我慢はするんじゃない。レオがいてくれるし、森へ来ても邪魔にはならないからな?」

「……うん」


 説明を終えて、リーザの意見を聞くため顔を正面から見ながら問いかける。

 少し考えたリーザは、目を伏せながら大丈夫と言いかけるが、それを俺が言葉を重ねて最後まで言わせない。

 大丈夫と言って我慢する事は、リーザにはして欲しくないからな――。


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