第464話 シェリーが単独で襲われていた理由を聞きました



「ふむ……食材は現地調達と。大丈夫なのですかな?」 

「ワフ! ワウワフー!」

「大丈夫とは言っていますね。実際に獲物を狩って糧とした事がないから、気軽に盗み食いなんかできるんだ……とも言っています」

「キュゥゥ……」


 シェリーはまだ生まれて数カ月程度の、子犬というか……子フェンリルだ。

 どの段階で狩りを始めるのかわからないが、まだ獲物を狩るという経験はした事がないだろう。

 シェリーを発見した時は見かけなかったが、元々は親が取って来た食べ物を食べていたんだろうしな。

 ……というより、シェリーの親フェンリル達って、どうしてるんだろうか?


 森の中でシェリーを探しているのか、それとも非情に徹する必要のある野生では、はぐれたシェリーの事は気にもされていないのか……?

 今更と言えば今更だが、親フェンリルがどうしているのか、そもそもシェリーが単独でトロルドに襲われていた経緯はなんなのか気になった。

 ついでだし、聞いてみるか?

 クレアさんやリーザもいるから、シェリーと話す事は容易だしな。


「ちょっと話の腰を折る事になるかもしれませんが……いいですか?」

「どうした、タクミ殿?」

「ワフ?」

「いえ、その……シェリーを森の中で発見した時は、他にフェンリルはいませんでした」

「そうですな。トロルドに襲われてはいましたが、フェンリルやオーク、その他の魔物が周囲にいたという事はありませんでした」

「ですよね? では、なんでシェリーだけだったのか気になりまして……フェンリルは群れを作ると聞いていますから、少し不自然な気がして……今更の疑問ですが……」

「タクミ様、その事でしたら従魔となってしばらくして、私も疑問に思ってシェリーへ聞いた事があります」

「クレアさんが?」


 群れを成すフェンリルが、子供のフェンリルを放り出すというのは考えにくい。

 獅子は我が子を――というのもあるかもしれないが、フェンリルは獅子じゃないしな。

 むしろシェリーを見ていると、仕草や生態が犬に似ていると感じる事が多いから、子フェンリルを危険な目に合わせるとは考えにくい。

 まぁ……レオがやろうとしている事は、千尋の谷に――というのに近い気がしないでもないが……やっぱり、盗み食いした事をまだ怒ってるっぽいな。


 それはともかく、今更な疑問を浮かべてセバスチャンさんと確認していると、クレアさんが声を上げた。

 同じような疑問を感じて、クレアさんが以前シェリーに聞いた事があるらしい……というより、普通は聞くよなぁ……。

 俺、どれだけ気が回っていないんだ……と、ちょっと反省。

 一応、まだこの世界に来たばかりで慣れていなく、やる事もあったのでそちらの事ばかり考えていて……なんて言い訳も通ると思うが……通るよな?


「はい。確か、タクミさんがランジ村行っていた時ですね」

「そうですか。それで、シェリーはなんと?」


 ランジ村に行っていた時なら、そもそも俺がいないんだから、話を聞いていないのも理解できるかも?

 あの頃は、街に広がる病や例の店に関する事だったり、オークにランジ村が襲われたり、屋敷に戻った後はアンネさんやエッケンハルトさんが来たりと、色々あったしなぁ。

 クレアさんも、そういった色々な事があって俺に話す事を忘れてたんだろう。

 それに、シェリーの事を必ず俺に話さないといけないというわけでもないし、優先度は必然的に下がって行ったんだろうな。


「シェリーは、森の中で生まれたんだそうです。まぁ、他の場所からフェンリルが移動する事は、ほとんどないと思われるので、当然ですけれども」

「はい」

「普段は、屋敷から見ると森の奥深くに群れでいて、別の場所に行く事はないとの事です。ですが、シェリーがある時、不思議な気配を感じたんだそうです。――そうよね、シェリー?」

「キャゥ! キャゥキャゥ」


 シェリーから聞いた事を話し始めるクレアさん。

 途中、確認のためにシェリーへ声をかけると、同意するように元気な声で鳴いた。

 先程までと違って、今回は元気だな……まぁ、レオから課せられる難題を忘れたいためかもしれないが。


「そうなのね。――気配というより、匂いのような……曖昧な感覚だったようです。その気配に誘われるように、というより好奇心を刺激されて、こっそりと群れから離れたみたいですね」

「不思議な気配や匂い……」

「はい。最初は、森の中で魔物と遭遇する事もなく、進んでいたらしいのですが……さすがに時間が経ってお腹が空き始めた頃に、見知らぬ場所で見知らぬ匂いが近くにある事に気付いたそうです。多分、好奇心と不思議な感覚が勝って、警戒心が薄れていたのかなと思います」

「見知らぬ場所……というのは、群れから離れた場所だからわかりますが、その時の見知らぬ匂いというのは?」

「それがトロルドだったそうです。気付いた時には大分近い距離で、向こうはこちらを囲むような位置にいたおかげで、すぐに逃げる事ができなかったと……」

「成る程……そういう事ですか。それで、囲まれたままトロルドに襲われて……逃げられもせず痛めつけられて……と」

「そのようです」

「キャゥゥ……」


 クレアさんが話を終え、シェリーは同意するように頷いたり、最後にはトロルドの事を思い出してまたしょんぼりした。

 とりあえず、シェリーが群れから離れて単独で行動していた理由はわかった。

 だが、シェリーが感じた不思議な気配や匂いのような、曖昧な感覚というのはなんだろうか?

 フェンリル特有の何かかもしれないが、そこが少し気になった。


「シェリーが感じた気配というか、匂いというのはなんだったのか、聞きましたか?」

「はい、それも聞きました。ですが、その後のトロルドが原因の怪我だとかで、あまり覚えていないらしくて……もしかしたら、レオ様の事だったのではないかと思うのですが……」

「キュゥ……」


 曖昧な感覚だったせいもあって、シェリー自身朧気だったのかもしれない。

 瀕死の重傷を負って、そこから生還したという事もあり、トロルドの事で記憶が塗りつぶされたという可能性もあるな。

 シェリーは力なく項垂れるようにしながら、か細く鳴いている。

 はっきりと覚えていない事を恥じているようだが、そもそもまだ子供だからなぁ……好奇心に駆られる事はあるだろうし、仕方のない事のように思える。

 ……不用心だとも思うけどな。



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