第458話 クレアさんの事を考えました



「クレアさんらしい……ですか……」

「……」


 こちらに質問をして、ジッと視線を向けているクレアさん。

 その視線を受けて、クレアさんの事を考える。

 何やら、俺がどう答えるかを待っているようで、テーブルの上にある、お茶のカップを持つ手は少し震えていた。

 ……緊張というか、クレアさんにとっても真面目な質問らしいな。

 そんなに自分らしくという事に、自信がないようにも思えないが……ともあれ、茶化したり変な事を言ってお茶を濁すような事はできない雰囲気になってしまった。

 

「えーと……ですね……」

「……」


 クレアさんらしく……か……。

 初めて会ったのは、フェンリルの森の中。

 ティルラちゃんの病を治すための薬草を取りに、単身森へ入ったんだったな。

 剣も扱えないお嬢様が、随分思い切った事をするもんだと思ったし、少し待って護衛さん達を連れたり、任せたりする事だってできたはずなのに、病で苦しんでるティルラちゃんを見て、いてもたってもいられなかったんだろう。

 優しいと思う反面、無謀というか、向こう見ずな部分もあるんだなという印象だ。

 勢いで行動を……という部分は、父親の悪影響があるような気がしてならないが。


 さらに、好奇心も旺盛で、初めて会った時にレオを怖がる事はなかった。

 二度目のフェンリルの森へ行く事になったのも、クレアさんが森にフェンリルやシルバーフェンリルがいるかどうかを確かめるためだったし、お転婆と言える部分も多々あるようだ。

 まぁ、シルバーフェンリルに対する思いは、初代当主様との関連で、クレアさんに聞いたから、単純にお転婆だとか好奇心だというだけで済む事ではなかったが。


 それからも、ラクトスへ一緒に行ったり、リーザを優しく抱きしめたりと、色々あった。

 部屋で二人きりになって……レオはいたが……妙な雰囲気になった事もあったっけな……。

 ……ここまで、クレアさんの事を思い出して考えてみて、何を伝えたらいいのか、よくわからなくなってきたな……。

 うぅむ……。


「……むむぅ」

「……あの、そこまで真剣に考えなくても、いいんですよ? その……ちょっと聞きたかっただけなので。悩ませるつもりはなくて……」


 俺が考え込んでしまっている事に、何故か焦った様子のクレアさん。

 でも、さっきまで俺を真剣な眼差しで見ていた雰囲気は、ちょっと聞きたかったというだけではなさそうだったんだが……?

 さて、どう答えたものか……。


「えーと、そうですね……すみませんが、はっきりとこうだと答えられる事は思いつきません」

「……そうですか……」

「ですが」

「?」


 クレアさんはこういう人だ! とはっきり言える程、知り合って長いわけじゃない。

 普通の知り合いよりは、深い付き合いをしているとは思うが、さすがに全てを知っているわけじゃない。

 俺には見せない表情も、またあるだろうし……今のように、妹の事を思って見せる表情だってある。

 だが、はっきりとは言えないかもしれないが、俺が考えるクレアさんという人物像なら、多少は言えるかな。


 俺の言葉に、一瞬だけ落ち込んだ様子になるクレアさんだが、続けて言葉をかけると、首を傾げてこちらに視線を向けた。

 そういう、キョトンとした表情もまた、クレアさんという人物を表す一つなんだな、と思いながら、言葉を続ける。


「クレアさんは、優しい人です。妹のティルラちゃんの事を考えて、森へ薬草を取りに行ったりなんて、普通ではできないと思います。リーザの事も見守ってくれてますし、クレアさんがいてくれたから、リーザ自身が安心できた部分は大きいと思います」

「……」


 真っ直ぐに見て話し始めると、段々とクレアさんの顔が赤くなってきている気がする。

 照れてたりするのだろうか……?


「まぁ、さすがに森へ一人で行くという事は、危険なので止めて欲しいですが……」

「それは……っ!」


 森に行った時の事を言うと、恥ずかしそうに顔を逸らすクレアさん。

 クレアさんが森に行ったおかげで、俺やレオと出会う事ができたのだから、全てを否定するつもりじゃないが……できるだけ危険な事は止めて欲しいと思う。

 これって、クレアさんが俺の事を心配してくれる事と、似てるのかもな。


「時には厳しい事も言いますが、それはほとんどが相手の事を考えてだと思っています。無茶を人に押し付けたりは決してせず、いつも周囲の事を見て考え、気遣ってくれてもいます。総じて優しく、聡明で素晴らしい人だと思いますよ」

「……それは……公爵家の者として……淑女としてと考えていたからで……」

「そうあろうとして、できているのですから、良い事だと思います。……引き合いに出すのは躊躇われますが、アンネさんは貴族らしい振る舞いもしている事はありましたが……」

「アンネは……考え方がズレていると思います。まさか、髪をあんな形にしてしまうなんて……それに、実際バースラー伯爵への提案が、睡眠を邪魔されないために寝言を装ってだなんて、誰も考えません」

「あはははは、まぁ、それはそうですね」


 うん、提案と言っていたから、状況を聞いた時は俺も驚いた。

 ちょっとだけ、人とは考えるベクトルが違うのかもしれない。

 大事にしている縦ロールの先を、蝶々結びにしたり、寝言を装う事で父親を引かせるために、病を……なんて普通は口に出したりはできない。

 まぁ、それがいいかどうかはさておいて、この屋敷に来た当初は、貴族らしく尊大に振舞おうとしていたのが、今は鳴りを潜めている。


 それはクレアさん達からの良い影響なのかどうかは、俺にはわからないが……少なくとも今のアンネさんの方が、親しみやすいのは確かだ。

 ……思わぬ事をしてくれるから、面白いしな。


「話が逸れましたが……クレアさんは、淑女というイメージそのものを体現しているように思えます。時折、その枷を外してしまう事もありますけどね。シルバーフェンリルを探しに、森へ行こうと言ったりとか」

「……あの時は、申し訳ありませんでした」

「いえいえ、クレアさんがシルバーフェンリルの事が気になるという事も、聞きましたしね。それに、なりたい自分を定めて、そうなれているクレアさんもいいのですが……自分の考えを前面に押し出すのも、悪くないと思いますよ? 押しつぶされてもいけませんからね」


 森へ行く事を提案された時の事を出すと、クレアさんが森の中で話した時と同じように、申し訳なさそうにしながら謝罪する。

 あの時の事は、俺自身特に気にしていないから、問題ない。

 セバスチャンさんや、使用人さん達の反対を押し切ったのに驚いたくらいだな――。



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