第459話 セバスチャンさんを驚かせる事に成功しました



「ともかく、俺が思うクレアさんは、優しくて厳しいけど、時に周囲を驚かせる行動力を示す人……ですかね?」

「優しくて、というのはいいのですけれど……驚かせる行動力というのは、いいのでしょうか?」

「それも、いいのではないですか? 少なくとも、俺は楽しく感じるのでそのままでいて欲しいと思いますよ」

「そのままで……」


 人を驚かせてしまう事に、クレアさんは引っかかりを感じたようだが、それだって悪い事じゃない。

 俺としては、もっと驚く事をして楽しませて欲しいと思う……のは、クレアさんには失礼な事かな?

 楽しもうとしている俺とは違って、周囲の使用人さん達は大変だろうけどな。

 特にセバスチャンさんが大変か……。

 いや、場合によるだろうが、セバスチャンさんは楽しみそうだな。


「あまりまとまってなくて申し訳ありませんが、こんな感じですかね……。もっとはっきりと言えたらいいのかもしれませんが……」

「いえ、タクミさんが誠実に考えてくれただけでも、嬉しいです。ありがとうございます」


 ほんのりと、頬を染めて笑顔でお礼を言うクレアさんは、とても魅力的に思えた。

 こういう雰囲気や、女性の扱いは苦手な部類なんだよなぁ。

 だから俺は、余計な事を追加してしまう。


「えーっと、まぁ、時折無茶な事をして、楽しませてくれればいいですよ」

「……私は、タクミさんを楽しませるために、無茶をするんですか?」


 少し頬を膨らませて、俺の言葉に抗議するように言うクレアさん。

 それもまた、新しいクレアさんの表情として、魅力的ではあるが……やっぱり、余計な事を言ってしまったかな……?

 でも、今更行った事を撤回はできない。


「楽しませてくれると、嬉しいですね。クレアさんはこうしないといけない、と考えている部分が強くて、あまり自分を出せていないように見える事もあります。もう少し、我が儘を言ったり、自分のやりたい事、思っている事を前面に出してもいいんじゃないですかね?」

「……それで、タクミさんが楽しまれるんですね?」

「えぇ、まぁ。人に迷惑をかける我が儘はいけませんが……クレアさんならそんな事はなさそうですし、そうして生き生きしているクレアさんを見るのは、とても楽しそうです」


 俺を楽しませるため……というのは少し失礼な気がしたが、なんとなくクレアさんは、そう言われる事を望んでいるような気がして、そのまま告げた。


「なんだか……リーザちゃんに遠慮しないよう言っている感じに似ていますね。そうですか……もっと自分を……」

「ははは、すみません。偉そうな事を言ってしまって」

「いえ、私が最初に質問した事ですから、構いません」


 色々と言ってしまって、失礼な事も言ったような気もするが、クレアさんは微笑んでくれている。

 どうやら、俺の言葉が失礼だとかで怒る事はなさそうだ。

 いや、クレアさんがそんな事で怒るような人ではないのは、よく知ってるがな。


「少し……考えてみますね」

「あまり考え過ぎない方がいいかもしれませんよ?」

「タクミさんが仰った事ですのに……わかりました。肩肘張らずに、のんびり考える事にします」

「肩肘張って、何事にも真剣に……というのは悪い事じゃないかもしれませんが、肩が凝りますからね」


 そう冗談のように言って、自分の腕を回して肩を解す。

 何事にも真剣に打ち込むのは悪い事ではないが、無駄に力が入ってしまうとな……。

 

 しかし……クレアさんの立派な胸部を見て、肩肘張らなくとも肩が凝りそうと思った俺は、一度頭を強打された方がいいのかもしれない……。

 さすがに、そんな事は口が裂けても言わないけどな。

 ……エッケンハルトさんとかは言いそう……いや、紳士的な部分もありそうだから、そんな事は言わないか……多分。


「ん……」


 頭を振って、邪な事を考えを追い出していると、離れた場所から小さな声が漏れ聞こえた。

 急に頭を降り出した俺を不思議そうにクレアさんにも聞こえたようで、声のした方へと視線を向ける。

 そちらでは、レオに寄っかかって寝ていたリーザが、しきりに耳をピクピクさせてるのが見えた。

 それなりに離れてるのに、俺達の声が聞こえたのかな?


「そろそろ、お目覚めの時間のようですね?」

「ですね。よく寝てたから、起きたら元気にはしゃぎまわりそうです」

「ふふふ、それも楽しい……のでしょう?」

「あはは、そうですね」


 耳をピクピクさせながら、目を擦りはじめたリーザ。

 それに反応して、レオやシェリー、ティルラちゃんも身じろぎ始めた。

 ……アンネさんだけは、よだれを垂らしてぐっすりなようだけど……貴族令嬢の淑女って……。

 アンネさんの事は見ないふりをして、クレアさんと微笑み合いながら、二人だけのティータイムが終わったと、笑いながらレオ達の方へ向かった――。



「お待たせしました、エッケンハルトさん」

「うむ……大して待ってはいないが。どうしたのだ? 夕食前に見せたい物があると」


 レオやリーザ達が起きて、寝起きながらも元気にはしゃぎ始めるのを、クレアさんと二人で相手にしながら、少しだけ楽しい時間を過ごした。

 その後、思い出したことがあったので、近くにいたメイドさんに頼んでエッケンハルトさんを呼んでもらう。

 夕食も近いという事で、食堂で待つとエッケンハルトさんからの伝言を受け取り、まだ楽しそうに遊んでるリーザ達を、クレアさんに任せ、俺一人で食堂へ入った。

 中には既にエッケンハルトさんが待っており、その傍らにはセバスチャンさんがいる。


 最近リーザの影響で、髭をきっちり剃ってキリッとしているエッケンハルトさん。

 セバスチャンさんと揃って、食堂の奥で座っているのを見ると、やはり威厳を感じる。

 ただの、お茶目なオジサンではなく、公爵家当主なのだから当然か。


「昨日、ロエを作るという話をしましたが……」

「兵士達が使えるよう、それぞれの場所で配備させるという話だったな」

「はい。それで、先にこの屋敷で備蓄してもらおうと思って……作りました」

「……もうなのか? 早くないか?」

「まだセバスチャンさん達が、決定をしていないのにとは思ったんですけど……明日森へ行くので、念のためにですね。リーザだけでなく、ロザリーちゃんも手伝ってくれたので、手間はあまりかかっていませんけど」


 食堂の奥に向かいながら、作っておいたロエを取り出しつつ、エッケンハルトさんに話す。

 昨日の今日でロエを用意するとは考えていなかったようで、エッケンハルトさんとその隣にいるセバスチャンさんは驚いている様子だった。

 ……セバスチャンさんを驚かせる事ができて、少しだけ満足感。



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