第450話 ロエを増やす事が決まりました



「いや、さすがにそこまでは……というより、費用も何も、俺が『雑草栽培』で作るだけですから」


 ロエは致命傷以外の怪我を瞬時に完治させるという、驚く程効果の高い薬草だ。

 それだけでなく、希少で主な群生地すら判明していない物なため、高価になっている。

 確か……一つで家一軒くらいの価値がする場合もあるとか。

 薬草を取り扱っている店で、ロエが一つあるだけで目玉になるらしい事も、聞いたような気がする。


 そんな薬草だから、いざという時に入手できない可能性もあるし、兵士個人で買おうと思っても高すぎて手が届かない事も普通にあり得る。

 怪我を治療する薬草を買うために、怪我の危険に晒されながら、命を懸けて働く……というのは、何か違う気がするしな。

 この世界には馴染みがないかもしれないが、日本で言う労災のような感覚かもしれない。

 ロエを備蓄する事によって、大きな怪我をした時に備えて兵士達の危険を減らす……日本ではお金だったが、こっちでは治療をするという事だ。


 それにエッケンハルトさんは、希少で高価だから、費用の捻出をと考えているようだが、俺は特に高く売るつもりはない。

 お世話になってる公爵家へのお礼のようなものだし、多くの人が怪我に悩まされるのは、避けたいと思ったからだ。

 市場に出して混乱させる事はしないけどな。


「いや、タクミ殿。さすがにタダで受け取るわけにはいかんぞ? タクミ殿と交わしている契約もあるしな。最低限、卸値くらいは払わせてもらう」

「そうですな。それだけでも、費用としてかなりの節約になっています」

「そう、ですかね? でも、これは俺から公爵家や、兵士さん達へのお礼のつもりで……」

「いやいやいやいや、ロエを簡単に用意できるだけでも、十分なお礼になっているのだからな? そもそも、お礼と言われれば、公爵家がタクミ殿に何かしないといけないはずなのだ」

「はい、旦那様の仰る通りかと。ディームの事やランジ村、病を治すためのラモギの値下げ……さらには病の原因を早期に発見し、被害を押しとどめて下さいました。お礼をしなければならないのは、こちらの方なのです」


 そうなのだろうか?

 俺は屋敷に住まわせてもらっているし、ランジ村でも美味しいワインや村の人達にはよくしてもらった。

 大きくなったレオを受け入れてくれてるし……。

 そもそも、レオがいたとしても、この世界の事を何も知らない俺が、公爵家の……クレアさん達のお世話にならずにいたら、どうなっていたかも想像できない。

 どこかで野垂れ死ぬという事はないかもしれないが……今のように快適に過ごしてるとは思えないしなぁ。


 ……今まで、できるだけ人に頼らないように生きてきたから、よくわからないのかもしれない。

 というか、この世界に来て数カ月程度なのに、色んな事をやってたんだな、俺。

 ギフトは元々持っていなかった能力で、いきなり使えるようになったから、そういった実感も少ないのかもしれない。

 いや、『雑草栽培』に関すること以外は、レオの功績が大きい気もするが。


「ですが、薬草畑の事もありますし……これ以上お金を稼いでも、使い道がわからなくて……」

「現状で、既に個人で得られる金額を軽く越えていますからな。……大きな商店の店主は別でしょうが」

「まぁ、あって困る物でもあるまい。ともかく、タクミ殿の提案はわかった。公爵家は安くロエを仕入れる事ができ、兵士達は危険が減る。タクミ殿は稼げると、良い事づくめだな」


 今まで、卸した薬草の報酬はセバスチャンさんから受け取っているから、俺がどれだけ稼いだのかを把握しているんだろう。

 個人で稼げる金額を越えてるって……そこまで稼いでたのか……。

 この世界の生涯収入の平均は知らないが、大きな家を建てる費用を出しても余裕があるというのは、そういう事なのかもしれないな。

 でもエッケンハルトさん……この話の利点はそうなのかもしれませんが、お金があり過ぎて困る事もあるんですよ?

 主に保管場所とか……。


 銀行とかないから、預けて必要な時に引き出すなんてできないし……全部自分で持って保管しなくちゃいけない。

 一度に大金を持った経験なんて数えるほどしかないし、今所持しているお金を日本円で考えると……いや、あまり考えない方がいいな……しがないサラリーマンだった俺には、怖くなる程の数字になりそうだ。

 エッケンハルトさんは、公爵様だし、領内を統治していて商売も知れているから、大金を運用する事にもなれてるんだろうが、不慣れな俺には不安しか感じない。

 かろうじて、レオがいてくれるし、屋敷だから不埒な人間もいないだろうと考えて、平静を保っているだけだ……あぁ、そういえば、そろそろ保管場所も考えないと……金貨の置き場所がなくなって来た……。

 保管場所は、建てる家の費用を払えば何とかなるかもしれないが……住んだ先での事も考えておかないといけないか。


「どうした、タクミ殿?」

「いえ、なんでもありません。それじゃあ、ロエは卸値でという事で、数の方は……」

「数に関しては、少々お待ちを。備蓄する箇所を確認し、必要数を考えます。ですが、本当に卸値でよろしいのでしょうか? 市場価格とは言わないまでも、もう少し高くても良いのですが……?」

「わかりました、数に関してはまた。価格は卸値で構いません。それでも多くもらい過ぎな気もしますし……」

「本当にタクミ殿は、慎み深いのだな。欲深い商人ならば、足元を見て価格を吊り上げようとすると言うのに」


 お金の事を考え込んでしまっていたのを、エッケンハルトさんの声で切り替え、ロエの話に戻る。

 価格は卸値、数は後程……という事で話を決めた。

 エッケンハルトさんの言うように、慎み深いつもりは俺にはないんだが……この世界の人にはそう見えるのかもしれない。

 俺の感覚だと、大量購入や仕入れは、値引きしてしかるべきと考えている部分もあるから……むしろ卸値より値下げしても構わないくらいだ。


 そもそも、報酬を得ようとして提案している事じゃないからな。

 商売のためというよりも、領民や兵士さん達のため……と言うのが一番大きいからな。

 こういう考えは、商売人には向かないのかもしれないが――。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る