第440話 エッケンハルトさんもハンネスさんに謝罪しました



「では、アンネリーゼ。下がっていいぞ?」

「よろしいのですか? まだ私、何もしていませんのですけれど……」

「アンネ、十分よ。お父様が預かると宣言したのだし、これ以上ここにいると、ハンネスさんがもっと混乱するわ」

「……わかりましたわ」


 エッケンハルトさんに下がっていいと言われても、まだ物足りなさそうだったアンネさんだが、クレアさんにも言われて、渋々ながら立ち上がり、メイドさんの一人に付き添われて客間を辞した。

 まだ多少混乱してるようだな、アンネさん。

 土下座しただけでも十分なのに、まだ何もしてないと考えているらしい。

 それだけ、必死だったのかもしれないな。


 しかしあのメイドさん、アンネさんのお世話をしてる人だったっけ……いつの間に来てたんだろう……いや、エッケンハルトさん達と一緒に来てたのか。

 アンネさんの土下座に圧倒されて、気付かなかったな。


「どうぞ……」

「あ、ありがとうございます」


 アンネさんが退室して少し代わりにセバスチャンさんが入って来て、それと同時に他のメイドさん達が皆のお茶を淹れてくれた。

 皆、客間にあるテーブルについており、エッケンハルトさんとクレアさんに向き合うように、ハンエスさんが座ってる。

 俺は、その間に座った。

 セバスチャンさんは、エッケンハルトさんの隣に立っていて、レオとロザリーちゃんは少し離れた場所でじゃれ合ってる。


 落ち着いて話が始まるという事で、アンネさんのダイナミックな土下座から、まだ少し戸惑ったままのハンネスさんが、ロザリーちゃんを呼んで一緒に座らせようとしたが、エッケンハルトさんが止めた。

 レオと一緒に楽しそうにしてるからというのが理由だが、本音は子供好きなレオが遊んでいるのを邪魔しちゃいけないと考えてるっぽいな。

 そんな事で怒るようなレオじゃないんだが、ハンネスさんに公爵家にとって、シルバーフェンリルは特別である事を見せるという理由もある……というのは、座る時こっそりセバスチャンさんが教えてくれた。

 確かに、レオが特別と考えてくれてた方が、ランジ村に行くのも許諾してくれそうか……。


 以前にレオと一緒に行ったし、村の人達には特に怖がられたりはしてなかったから、大丈夫だとは思うが、そういったポーズのような事も、必要なのかもしれない。

 エッケンハルトさんが本音を誤魔化すためという事は……ありそうだ。


「アンネリーゼの事は、公爵家が責任を持って見る事にする。何か、異論はあるか?」

「いえ、公爵様に見て頂けるのでしたら、これ以上の安心はございません。喜んで、お任せ致します」


 まずは、アンネさんの事を確認。

 公爵家が責任を持つという事で、ハンネスさんも納得してくれたようだ。

 それだけ、エッケンハルトさんが信頼されているという証拠だな。


「伯爵家の動きに気付けず、ランジ村には相当な迷惑をかけたな。領地を治める者として、謝罪する」

「いえいえいえいえ! そんな、私共に謝られる事など……頭を上げて下さいませ!」

「うむ……感謝する」


 公爵家の当主として、隣の領地を持つ伯爵家がやった事を感知できず、ランジ村に被害を出すところだった事を、エッケンハルトさんが謝罪。

 まさか公爵様自らが謝罪されるとは思わず、ハンネスさんは面食らったようだ。

 必要あらば、自分が治めている領民にも躊躇わずに頭を下げる……こういう父親を見て育ったのなら、クレアさんが貴族家である事で驕ったりする事ないのも、納得だ。


「さて、ランジ村で行うワインの事なのだが……」

「その事ですが、公爵様。我々ランジ村は、ワインの製造を止めようと考えております」


 頭を上げたエッケンハルトさんが、ハンネスさんにワインの事を含め、話し始める。

 だが、それを否定するように、ハンネスさんが首を振りながら言った。


「ふむ。それは、先の件に関する事で、仕入れへの信頼が損なわれたからか?」

「それも一つ、でございます。一番大きな理由としましては……」

「子供達……か?」


 エッケンハルトさんの疑問に、ハンネスさんが頷きながら、レオと一緒にいるロザリーちゃんの方へ顔を向けた。

 ロザリーちゃんを見るハンネスさんの目は優しく、レオと楽しそうにしている姿を喜んでいるようだ。

 ワインの製造に精を出し過ぎて、大人たちが忙しくなり、村の子供達を構ってやれなかった事を考えているようだ。


「はい。私達はこれまで、村にいる子供達の相手をしてやれませんでした。村として生き残るために必要だったとも思っておりますが……それでも他に方法があったのではないかと思います。ワインに全てを費やしても、子供達が寂しい思いをしていたのでは、元も子もありません。子を育てる事のできない村は、いずれ息詰まる事でしょう」

「確かにな……子供がいなくなれば、その村の未来は決まったようなものだ。子を育てるというのは難しいが……放っておいてはいけないな」


 公爵様の前とは言っても、はっきりと村の現状を理解し、意見を言えるのハンネスさんは、立派な村長さんなんだろう。

 エッケンハルトさんは、その話に難しい表情をして頷く。


 親がいなくとも子は育つ……とは言うが、村として存続していく事を考えたら、大人達がしっかり育てないといけない。

 子供達が育って大人になった時、寂しい思いをしただけの村を頑張って発展させて行こう……という思いにはならない可能性が高いしな。

 血の繋がった親子がほとんどだろうし、全員が出て行くとは限らないが、それでも自分達の村を離れる者は出てくるかもしれない。

 日本の田舎で、原因は別にしても、都会に行ってしまった事で若者不足になって……という所もあるみたいだしな。

 限界集落になってしまうのは、村の事を考えるなら誰だって避けたい。


「時に村長。村にいる子供達は、レオ様にはどうしていた?」

「ワフ?」


 話を変えるように、ハンネスさんに聞くエッケンハルトさん。

 自分が呼ばれたのかと思って、レオがこちらを向いて不思議そうに鳴いた。

 なんでもないから、そのままロザリーちゃんと遊んでていいぞー。


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