第439話 アンネさんによる怒涛の混乱でした



 エッケンハルトさんに事情を聞きながらも、ハンネスさんはアンネさんを睨むようにしている。

 その中で、エッケンハルトさんがもう悪いことはしないと約束し、アンネさんにも確認した。

 伯爵家の当主ではないが、娘の保証を得られた事で、少しはハンネスさんも安心できるかもしれない……いや、無理かなぁ……縦ロールを蝶々結びにしてるような女性だし。

 それはともかく、エッケンハルトさんの問いかけに、目を伏せて答えるアンネさんは、初めて会った時より、少しは成長してるかもしれない……と思ったのは一瞬だった。


 ボソッと呟いた言葉は、ハンネスさんには聞こえなかったようだが、距離の近い俺にはしっかり聞こえていた。

 クレアさんなら、そういうことを注意しそうなのは確かだが……それはせめて心の中にしまっておいた方がいいと思います、アンネさん。


「……では、アンネリーゼ」

「はい……」


 呟きを聞かなかった事にしたエッケンハルトさんが促すと、アンネさんが一歩、ハンネスさんに近付く。

 それと同時に、一歩下がるエッケンハルトとクレアさん。

 手で俺にも下がるように指示されたので、俺も一歩離れた。

 レオは……元々ロザリーちゃんと少し離れた場所に言ってるから、問題ないか。


 でも、アンネさんは何をするんだろうか?

 ハンネスさんは、未だアンネさんを見る目は厳しい。

 公爵様であるエッケンハルトさんがいるとはいえ、それでも何かしでかすのではないかと身構えてる。

 無理もないね。


「……すみませんでしたぁ!!」

「「!?」」

「ワフ!?」


 周囲に少しだけ空間ができ、その場に立って目を閉じたアンネさん。

 そうして、数秒程精神を統一するようにした後、ガバッと音が聞こえてくるくらいの勢いで、床に手と膝を付き、さらには頭まで付けて、見事な土下座をして大きな声で謝った。

 もちろん、自慢の縦ロールも元気がなさそうに、床に垂れている。


 俺はもちろん、ハンネスさんもその突然の謝罪に驚き、レオまでも驚いている様子だ。

 ロザリーちゃんは状況が理解できず、困惑しているようだけど。


「お父様のした事とはいえ、伯爵家の娘である私に、何も責任がない事は一切ありません! 薬草を使っての商売だけでなく、ワインを媒介に病を広げ、さらにはオークまでけしかけて村を潰そうとするなど、とてもではありませんが、許せる所業ではございませんわ! 最初の提案は私ですが、あのような事になってしまったのはお父様の独断専行……いえ、これは言い訳ですわね。どのようなそしりでも、甘んじて受ける所存でございますわ! 例え、提案が起こしに来たお父様を追い払うために、寝言のように病を広げて薬草を売れば儲かる……などとのたまったのだとしても、最初の案は私が出したことに間違いはございませんわ! まさかその案をそのまま採用し、実行するとは二度寝した夢にも思わず……伯爵家を代表して、謝罪させて頂きますわ! とにかく、謝りますわ! 全身全霊を賭けて謝らせて頂きますわ! 申し訳ございませんでした!! それで、えっと……その……それから……どうしたら? あー、うーん……私はどうしたらいいんですの!?」

「「…………」」


 よくそこまで息が続くなぁ、と感心するくらい、ひたすら叫んで謝罪するアンネさん。

 もちろん格好は土下座で、頭は床に付けたままだが……途中で色々と見失って、混乱している様子だ。

 最終的には、顔を上げてハンネスさんに、どうしたらいいのかを聞く始末……絶望的に謝罪というのが向いていないのかもしれないな……いや、謝る事は謝ってるけど。


 というか、そもそもに提案したのって、寝言を装って起こしに来た父親を追い払うために言った事だったのか?

 年頃の娘さんが、起こしに来た娘を構うのを嫌がる……とかいうのは簡単に想像できるが、それを真に受けて実行するバースラー伯爵がなんとも……。

 これでは、計画を進めた実行犯たちが浮かばれない……という事はないか。

 元々、悪巧みを得意としてそうな人達だったしな。


「はぁ……アンネ、最後に相手へ聞くのはいけないわよ?」

「そう言われても、こんな事初めてなんですの! どうしたらいいのかなんて、わからないんですのよ!?」


 溜め息を吐きながら、アンネさんを注意するクレアさん。

 もしかしなくても、アンネさんに謝るよう説得したのはクレアさんなんだろうと思う。

 これは、ラクトスへ行った帰りに、マルク君を捕まえたらどうするか、俺に意見を求めてきた事を参考にしてるのかもしれない。

 とにかく、反省と謝罪を……という事を言ったような気がするからな。


 クレアさんに逆切れするように叫ぶアンネさんだが、余裕がない様子なのははっきりとわかる。

 伯爵家……貴族であったのだから、今まで人に謝る事なんてほとんどなかったんだろう。

 しかも、ハンネスさんが今日来る事は、アンネさんは知らなかったはずだ……俺も知らなかったし。

 もしかしたら、セバスチャンさんあたりは掴んでそうだが……それはともかく、アンネさんにとって急な話で、とにかく謝る事を考えて、こうなったんだろうと思う。

 謝る事が不慣れだからって、いきなり土下座をするのは……思い切ったとは思うけど、途中で混乱するのは止めて欲しい。


「……まぁ、そういう事で……アンネリーゼもこの通り、反省しているようだ。許してやれとは言わないが、しばらく様子を見てやってくれないか?」

「え? あ、はぁ……」


 顔は上げているが、未だ土下座の恰好をしたままのアンネさんを見ながら、エッケンハルトさんがハンネスさんに話す。

 ハンネスさんは、いきなり土下座したうえ、とめどなく言い募ったアンネさんの姿に、どう返していいのかわからない様子で、戸惑ったままだ。

 突然こんな状況になったら、戸惑うのも当然だよなぁ……と思う。

 もしかすると、これもエッケンハルトさんなりの作戦なのかもしれないけども。

 何せ、さっきまでアンネさんを睨んでいたハンネスさんは、毒気が抜かれた様子になってるからな。

 怒りの感情を爆発させないうちに、自分の側へと引き込む……相手が戸惑う事も承知のうえで全部やってるんだったら、策士だな、エッケンハルトさん……考え過ぎかもしれないけど……。



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