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第434話 護衛の訓練を聞く事にしました
第434話 護衛の訓練を聞く事にしました
「ははははは! 確かにそうですね。ですが、さっきまでのタクミ様は、その答えを一つだけと信じ、鍛錬していたようです。想定敵が決まっていると言うのでしょうか……相手を倒す事を目的としているようでした。それこそ、自分が生き残るとか、誰かを守るというのは考えていないようでしたよ?」
「……そう、ですか……確かに、そうかもしれません」
真剣な雰囲気が霧散して、いつもの少し軽薄な空気を醸し出しながら、笑ったフィリップさんがそう言う。
確かにさっきまで、鍛錬に打ち込もうとしていたのは、誰かを倒す事を目的とした意識があったかもしれない。
ディームにやられそうになったのが原因で、自分が無意識にそちらへ考えが寄ってしまっていたのかもしれない。
これは、指摘してくれたフィリップさんに感謝だな。
エッケンハルトさんとセバスチャンさんが、フィリップさんにここへ来させたのは、鋭く見抜いていたからかもしれないな……。
これは、多分エッケンハルトさんに見抜かれたんじゃないかと思う。
あの人、戦闘に関する事は鋭いからなぁ……他は微妙な部分もあるが……まぁ、そこはセバスチャンさん達を始めとした、執事さん達が補佐してるんだろう。
「相手を打ち倒すための強さ。負けないための強さ。誰かを守るための強さ。これらは似ているようで、違うのです。負けるという事を、死ぬ事とした場合、逃げる事も選択肢に入る。それなら、危ない事を避け、逃げ足を磨けばそれは最強とも言えるでしょう?」
「そうですね。さすがに、逃げ足だけを鍛えるのはどうかと思いますが」
「例え話ですよ。相手を倒すための強さだって、相手が認識できない距離から、一帯を破壊するような魔法を使えば、ほら、最強です」
「極端ですね。確かに、最強とも言えますが……そんな魔法が使えるんですか?」
「さぁ? 私は今の所、そう言った魔法は見た事も聞いた事もありませんよ?」
軽口を言うように、笑いながら例え話をするフィリップさん。
確かに、極端な例ではあるが、戦う目的を追求したら、その目的に限っては最強というのは目指す事ができるのかもしれない。
まぁ、難しい事だし、実現する事が不可能な事もあるだろうがな。
状況や目的によって、求められる技能は違う……という事を言いたいのだろう。
「……そういえば、セバスチャンさんが言ってましたね」
「ん、セバスチャンさんが何か?」
「いえ、エッケンハルトさんに護衛として鍛えられる鍛錬は、俺やティルラちゃんに教えているのとは違うものだと……機会があれば、フィリップさんに聞いてみては……とも言ってました」
「あー、そうなんですね……」
「急にフィリップさんがげっそりしました!」
マルク君を鍛えるとエッケンハルトさんが言っていた時、セバスチャンさんがフィリップさんやニコラさんに聞くといいと言っていたのは確かだ。
俺の言葉を聞いて、質問して来た時の真剣な雰囲気や、例え話をしていた時の軽い雰囲気は完全になくなり、顔に縦線でも入ってるんじゃないかと思うくらい、暗い表情になったフィリップさん。
これには、理解できない部分に首を傾げながらも、今まで黙って話を聞いていたティルラちゃんが驚いて声を上げた。
……そんなに思い出したくない鍛錬だったんだろうか?
「あれはですね……旦那様、おかしいんですよ……」
「おかしい、エッケンハルトさんがですか?」
「ええ。公爵様なので、日頃から忙しく政務をこなしていらっしゃるのですが……それなのに、訓練の最初はつきっきりなんです」
「暇を見て……という事ですか?」
「さて、私には時間をどうやりくりしていたかは検討もつきませんが……ともあれ、訓練の最初は旦那様がその者についてみっちり教えるんです」
俺やティルラちゃんが、最初に剣を習った時もそうだったから、それは想像できる。
比較的時間に融通のきくこの屋敷での事だから、そうする事もできたんだと思ってた。
まぁ、娘であるティルラちゃんがいた事も大きかっただろうけどな。
それに、俺の場合はレオがいた事で、レオを加えた訓練を課して、エッケンハルトさんはそうそうに本邸へと帰った。
フィリップさんの場合、訓練は本邸で行われたんだろうが……公爵家の当主なのだから、当然忙しいだろうに、そんな中でもつきっきりで訓練をしていたらしい。
公爵としての仕事と、商売もしながら訓練を見る……どれだけの仕事量なのか、あまり想像したくない。
公爵家の商売は順調らしいが、こういうのは上手く行ってても上手く行ってなくても、忙しいものだしなぁ。
「始めの頃は、タクミ様達とそう大差はない訓練でしたね。走ったり、体を鍛える訓練をしたり……」
「まぁ、基礎のようなものですよね」
体を動かす基礎だから、走り込みと筋肉トレーニングが重要なのはわかる。
剣や槍を持っても、体が動かせなかったり武器の重さに負けてたら、まともに戦えないしな。
「はい。まぁ、それ自体も厳しいものでしたが……確か、馬で数時間程度の距離を、倍の時間がかからないように走ったり、抱える程の大きさがある岩を持って、訓練したり……」
「「……」」
基礎のトレーニングからして、何かがおかしいと絶句する俺とティルラちゃん。
馬で数時間……二時間程度と仮定しても、その距離を四時間以内に走らなければならない。
数キロではなく、数十キロの距離になるはずだ……それもその時間以内という事は、ほとんど全力疾走に近いだろう……マラソンでもそうはならない。
さらに岩を持っての筋肉トレーニング……重りを持ってというのは、体に負荷を与えるのに有効なのはわかるが、抱える程の岩なんて、十キロ以上あるのは間違いないだろう。
フィリップさんの話を聞いて、俺やティルラちゃんの鍛錬は、大分手加減してるんだなぁ……と実感する。
「ちなみに、全てこなせなければ、さらに追加の訓練が待っているので、皆必死でこなします。それらの基礎訓練をしばらくやった後、慣れてきた頃合いを見計らって、護衛の訓練に入ります。これは体が作られて来たと判断したら、ですね」
「……護衛の訓練は、どんなものが?」
「……あまり思い出したくないですが」
基礎訓練だけでそれだけの事があるんだ、護衛の訓練とはどれだけの事をするのだろう?
壮絶な訓練とわかっていても、逆に興味を引いてフィリップさんに聞いてしまう。
俺の質問に、フィリップさんは遠くを見るような目になった。
……思い出させない方が良かっただろうか?
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