第435話 訓練は過酷なもののようでした



「……うぅ……」

「フィリップさん!?」

「泣き始めました!?」


 遠くを見ているフィリップさんは、何を思い出したのか、急に目から涙を溢れさせ両手で顔を覆って泣き始めた。

 やっぱり、聞いちゃいけない事だったのかもしれない。


「……うっうっ……失礼、しました。取り乱してしまいましたね……」

「……いえ」

「こんな弱々しいフィリップさんは初めてです。いつもは軽薄な雰囲気なのです!」


 両手で顔を覆っていたフィリップさんは、そのまま手で涙を拭って、弱々しく俺達に謝った。

 その様子から、続きを聞いた方がいいのか、止めておいた方がいいのか……迷ってしまう。

 それはともかく、ティルラちゃんにはフィリップさんの事がそう見えていたんだなぁ……俺も近い意見だけど。

 ランジ村で、ワインを飲み過ぎてた時のフィリップさんとか、まさにそうだったしな。


「ティルラお嬢様にどう見られていたかはともかく、護衛訓練でしたね……」

「あ、はい」


 ティルラちゃんに軽薄と言われて、少し傷ついたかもしれないが、それでもしっかり護衛訓練の事を話してくれるようだ。

 無理しなきゃいいけどなぁ。


「まず、本邸の近くにある森に連れて行かれます、私の時はニコラを含め、複数いたので、全員でです」

「森へ……?」


 護衛訓練と森……どういう関係があるのだろうか?

 そういえば、ティルラちゃんの鍛錬のために森へ行く事になってるが、エッケンハルトさんは森が好きなのかな?


「その森には、旦那様があらかじめ作っていた罠があるのです」

「罠?」

「落とし穴とか、矢が飛んできたりとかですね。さすがに一度で死ぬような罠はありませんが……怪我くらいはします。その罠だらけの森を、護衛対象と定めた木彫りの人間を持って抜けろ……というのです」

「木彫りの人間……」

「本当の人間を、訓練に使うわけにはいきませんからね。なので、人間に模して彫った木を使うのです。当然、動かない物なので、運ぶ必要があります。この時点で、私達は荷物を持っている事になりますね」


 動かない人間に模した、木彫りを運ぶ事で、荷物を運ぶ事と、護衛をする事の両方を訓練しているという事だろうか。


「森の中には旦那様が設置した罠が、大量にあります。死にはしなくとも、それらを警戒しながらだと精神をすり減らします。そして、もし罠にかかった味方がいた場合、助ける事。もし助けられなかったら、その場に置いて行く事……としているのです」

「その……助けられなかった人は、どうなるんですか?」

「置いて行かれます。そして、そのまま一晩そこで過ごすのです。翌日には、誰かが迎えに来てくれるのですが……魔物が出ない森とはいえ、何もないどころか罠にはまった状態で一晩です。……私も、置いて行かれた時は、このまま死ぬのかなぁ……と覚悟しましたよ」

「それは……なんというか……ご愁傷さまです……?」


 でいいのかなぁ?

 罠だらけの森で、罠にはまったまま一晩というのは、あまり考えたくない。

 もしかしたら雨が降る事もあるかもしれないし、最悪の場合、落とし穴の中だ。

 木々の密集してる森で穴の中って、空が見えなくて時間の感覚がおかしくなりそうだ。

 確かにそれだけの事をさせられたら、フィリップさんのように、死を覚悟する事もあるかもれないな。


「護衛訓練なので、最優先は護衛対象を無事に森の外へ運び出す事です。なので、どれだけ人数がいても一人、また一人と脱落する中、見捨ててでも運ばなければなりません。もちろん、助けられる状況なら助けますが……人数が減るとそれもままならなくなっていくのです」

「……はぁ」

「そして、最終目的地である森の外へ、木彫りの人間を運ぶと、一応は訓練の終了になります。ですが、ここで審査が入ります」

「審査?」

「はい。護衛対象が無事かどうか……ですね。審査をして、運んでいた木彫りの人間が大きく傷ついていたり、そもそも運びきれなかった場合は、訓練のやり直しです。さすがにその場ですぐ……とはしませんが、それでもあまり休む間もなく訓練が繰り返されます。護衛訓練を受けている者達は、達成しないと終わらない訓練を、必死で行う……というものですね」


 なんというか、精神的にも肉体的にもとことん追い詰める、という事がわかった。

 話を聞いただけなので、それがどれだけ過酷なのか想像するしかできないが、それだけでもやりたいとは思えない。

 なんだろう……軍の特殊訓練かな? と思うような内容だ。


「まぁ、これは訓練のうちの一つなんですけどね。同じような物から、さらに厳しいものまで……いくつかあります」

「お父様……そんな事をしていたんですね……」


 過酷な護衛訓練はそれだけにとどまらず、他にも色々とあるらしい。

 フィリップさんの説明に、戦々恐々としている俺だが、ティルラちゃんは自分の父親がそんな事をしていたのかと、むしろ感心していた。

 感心する事なのかな?


「護衛訓練をある程度こなせるようになってから、ようやく、剣などの武器の訓練が課せられるのです」

「そこから、なんですね……」


 護衛訓練を始める時は、まだ武器を持つ事を許されないらしい。

 基礎訓練で、体力を鍛えてから護衛訓練をし、それらを終えてようやく武器の扱いか……俺とティルラちゃんは、エッケンハルトさんからすると、大分甘い鍛錬なんだな……。


「武器については、個人個人の適性を見るために、色々な物を試します。そして、その適正に合った武器を使用しての訓練となりますね。まぁ……それらの訓練も、また過酷なんですが……聞きたいですか?」

「いえ……止めておきます」

「……! ……!」


 武器は物によって、使用者にとって使いやすいか使いづらいか……という事もあるためだろう。

 それでも、剣と槍くらいはある程度使えるまで訓練する、というのはなんとなくわかる。

 屋敷の護衛さんは、広い場所では槍を持っていて、街中や森のような狭い場所を護衛する時は、剣を持ってたりするからな。

 護衛をするうえで、適した物を使ってるんだろう。


 武器に関する訓練というのも、俺やティルラちゃんがやってる事と同じだし、興味があるにはあるんだが、再びゲッソリとした表情になり、泣きそうになりながら聞くフィリップさんを見ると、聞いてみたいとはとてもじゃないが、言えない。

 ティルラちゃんも同じ気持ちらしく、フィリップさんの問いかけに、ブンブンと首を振って断っていた。

 これ以上は、フィリップさんがかわいそうだ。


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