第433話 フィリップさんが鍛錬を見に来ました



「旦那様やセバスチャンさんに、様子を見てきてくれと言われましてね。特に、タクミ様を」

「……俺ですか?」

「タクミさん?」


 フィリップさんは、エッケンハルトさんやセバスチャンさんに頼まれて、俺の事を見に来たらしいが……何かあるのだろうか?

 

「いえね? 旦那様達から、昨日の事があってタクミ様の意識が何か変わっている可能性があると聞いたので」

「俺の意識……?」

「昨日の事ってなんですか?」

「離れた所からですが……少々見させて頂いた限りでは、確かにいつもと違うようには感じましたね」

「そうですか?」


 エッケンハルトさんやセバスチャンさんは、昨日帰って来てから話したが、その時に何か感じるものがあったのかもしれない。

 もしかしたら、ディームの事を話すうえで、やられそうになった事への悔しさのようなものとかが滲み出てたとか……まぁ、自分の事なのによくわかってないが。

 俺は平気そうにしているつもりでも、他の人から見たら内心がバレバレという事が多いらしいからなぁ。

 ……スラムに行こうとしてたのもバレてたし。

 自分でも気づかない無意識の部分を、エッケンハルトさん達に見抜かれてたのかもしれないな。


「時折、旦那様と鍛錬している姿や、ランジ村での鍛錬を見たりもしていました。ですが、今はそれとは鍛錬への意気込みというか、心持ちが違うように感じますね」


 フィリップさんがどれだけの人物なのか、俺はあまり知らないが、それでも屋敷で護衛兵長を務めるくらいの人だ。

 一緒にランジ村に滞在していた時にも鍛錬を見られていたのは、気付かなかったが、俺とは違って見るだけでもわかる事があるのかもしれない。

 ちなみに、ティルラちゃんにスラム関係の話はしない事になってるようで、首を傾げて聞いたにも関わらず、フィリップさんは答えなかったため、珍しく少しだけ頬を膨らませてる。

 子供だからと言うつもりはないが、今は鍛錬に集中したり勉強をする事を優先で、スラムの事などはまだ早いという判断だろう。


 ティルラちゃんの方も、なんとなく自分に言えない事があるんだと察して、珍しく拗ねて見せてるのかもしれないな。

 こういう時、子供は大人がズルいとか、早く自分が大人になりたいと思うもんだ。

 俺がそうだったってだけだから、当てはまるかどうか知らないが。


「タクミ様……戦ううえで何が大事か、わかりますか?」 

「戦ううえで……?」


 いつもは、少し人をからかうような……面白がってる雰囲気を出してるフィリップさんだが、今問いかけて来た時には、真剣な眼差しを俺に向けていた。

 垂れ目気味な優男のフィリップさんが、今は真剣で戦いに向かうような雰囲気を醸し出している。

 茶化したり、冗談を言うような場面じゃないな。

 ……戦ううえで大事な事か……セバスチャンさんには、必ずしも相手を打ち倒すのではなく、逃げる事も重要と教えられた。

 命あっての物種というか、生き残る事が重要だという意味だな。

 それとエッケンハルトさんに教えられ、自分なりに考えた事は……。


「自分が生き残る事。そして、守りたいものを守る事……ですかね?」

「ふむ……成る程。それじゃあ聞きますが……守りたい人に凶刃が迫っているとします。タクミ様はその凶刃に対し、間に合うかどうか……といった状況です。その時、タクミ様はどうしますか? もちろん、都合よく誰かが助けに入るとか、隠された力を発揮して、迫る凶刃を弾き返す……というのは無しです」


 フィリップさんに自分なりに考えた答えを言うと、すぐに別の質問が返って来た。

 俺の答えがまずかったのかはわからないが……守りたい人に凶刃が迫っている、か。

 例えば、クレアさんやリーザにディームの剣が迫っているとしたら……。

 直近で戦ったのがディームなため、想像に使っているが、凶刃がというのにぴったり合うな。


 ともあれ、その状況になった場合にどうするか……。

 ディームの剣は重かった。

 全力で体重を乗せてたのだから当然だが、それを横から入って弾き返すなんて、俺には到底できない。

 かと言って、誰かが助けに入る可能性は否定されているんだから、レオに助けてもらう事もできない。

 自分の力でどうにかしないといけない、という事だ。


「……守りたい人を突き飛ばしてでも、自分が代わりにその凶刃を受ける……ですかね?」

「成る程。それは確かに、守りたい人を守るためには有効な一手ですね。ただし、凶刃を受けたタクミ様は、それ以後死ぬか動けなくなるか、どちらかの可能性が高い。そうなったら、あとはゆっくり最初に狙っていた相手に剣を振り下ろすだけです。結果、守る事はできなくなりますね?」

「それは……確かに……」


 結局のところ、凶刃を放って来た相手を同行しているわけではないのだから、最終的には全員やられてしまう。

 だとしたら、どうしたら良かったのか……。


「もしかしたら、守りたい人が晒されてる凶刃を無視して、それを放った相手に全力で剣を振れば、相手を打ち倒せるかもしれません。ただし、守りたい人は凶刃の前に倒れてしまうでしょうけどね」

「そうですね……守りたいと考えているのに、それは悪手かと思います」

「ですが、全員がやられてしまう事は避けられます。誰か一人を犠牲にする事で、自分を守る事にも繋がるのです」

「……」


 確かに、フィリップさんのいう事はわかる。

 誰か一人を犠牲にして、自分やその他の人を守る事ができるのであれば、その選択をする必要があると、教えてくれてるんだろう。

 けど……理屈はわかるし、実際にそのような状況になったら、守る人を優先したい……という気持ちがある。

 そこには、自分よりも他人を優先してしまう、俺の性格だったり考え方が反映されているのかもしれないな。


「少々意地悪な問題でしたが……要は、戦う事というのは、その時によって状況が変わるのです。例えば、誰かを守らなければいけない状況。何がなんでも、相手を斬り倒して来なければいけない状況。仲間を見捨ててでも、自分が生き残らなければいけない状況など、ですね。戦いの状況によって、それは様々です」

「確かに、そうですね」

「なので、戦ううえで重要な事というのは、その時によって変わるのです」

「……それはちょっと意地悪な質問じゃないですか?」


 結局のところ、戦ううえで充当な事と聞いておいて、俺がなんと答えたとしても、状況によってかわるから、それは正しくないと言えるからな。

 答えがあるようで、実はない……という時点で、質問としては意地悪だと言わざるを得ない。



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