第411話 外套を借りる事ができました



「確認致しました! ――お通り下さい。……このような時間にどうされたのですか?」

「いえ、ちょっとした用事があるのを忘れていまして……」


 ラクトスに到着し、閉じていた門を叩いて、見張りの衛兵さんを呼ぶ。

 門の端に、顔だけが出せる小さな扉があり、そこから覗いた衛兵さんに、預かった紋章を確認してもらう。

 雨が降って月明かりすらないので、照明にと魔法をかけた剣をかざしながら。

 その衛兵さんは、ラクトスに来た際、何度か見かけた事がある人で、俺やレオの事は知っててくれた。

 まぁ、だからと言って、顔パスではなくきっちり紋章を確認されたが……それだけきっちり警備しているという事だろう。


 紋章を確認し、レオが通れるくらいに門を開けてもらう。

 世間話のように衛兵さんと話し、街の中へ。


「随分濡れているようですが、雨を避けるような物は?」

「いえ、持って来ていません」

「そうですか……少々お待ち下さい」

「はい……?」

「ワフ?」


 濡れてる事を怪しまれたのかと一瞬思ったが、違ったらしい。

 俺と話してた衛兵さんは、駆け足で詰所のような所へと入って行った。

 ……まぁ、公爵家の紋章を持っているんだから、そうそう怪しまれる事もないか……別に犯罪をしにきたわけでもないし……そもそも顔見知りだしな。

 そう考えて、レオと一緒に首を傾げて少しだけ待つ。


「これをお使い下さい。……さすがに、レオ様用の物はありませんでしたが……」

「いえいえ、ありがとうございます。ありがたく使わせてもらいます」

「ワウゥ……」


 詰所から出て来た衛兵さんに渡されたのは、体をすっぽりと隠す……覆うようにできる外套だ。

 既にびしょ濡れだから、手遅れのような気もするが、体温を逃さないためやこれからさらに濡れないようにという事だろう、ありがたい。

 人間よりもよっぽど大きいレオの分はなかったようだが、それは仕方ない。

 というか、残念そうに鳴いてるが……欲しかったのか、レオ?


 受け取った外套をありがたく使わせてもらい、衛兵さんに感謝してその場を離れる。

 ……これは意外と使えるかもな……。

 さすがに顔を隠す事はできないが、全身を覆う事のできる外套は、首元まですっぽり入っている。

 これがあれば、雨で月明かりがなく、暗いために俺の事を覚えられなさそうだ。

 姿を隠すのに丁度いい、という事だな。


 レオの方も、びしょ濡れで体が一回り以上小さく見える。

 さすがに、完全にシルバーフェンリルという事を隠す程じゃないが、毛が乾いてる時のレオとはかけ離れてる。

 特に、触ったら気持ち良さそうな毛並みとはな。

 照明代わりの剣を収めたら、光が少なくなったせいで、輝くような銀色の毛もほとんどわからない……むしろ黒く見えるくらいだ。


 レオ自身も、それがわかってるのか、体を震わせて水気を飛ばしたりしていない。

 ……飛ばしても、雨に打たれてすぐに濡れるからかもしれないけどな。


「さて……と……」

「ワフ……」


 衛兵さんのいる場所から離れて、スラムへ行く道すがら、セバスチャンさんに渡された紙を取り出す。

 紙が濡れてはいけないので、閉まっている店の軒先を借りて雨宿りしながらだ。

 手も濡れていたので、フリフリと振って水気をできるだけ飛ばし、念のために外套の裏地で拭いてから、紙を広げる。

 レオもそれを覗き込むように顔を近付けるが……濡れたままだから気を付けてくれよ?

 水滴を垂らしたりしたら、せっかくディームの手がかりが記してあるのがわからなくなるからな。


「ふむ……ここは行った事があるから、ここから調べるか……」

「ワフ、ワフ」


 広げた紙には、まずラクトスの詳細な地図が書かれており、どの場所にディームが潜んでいるかの印が三か付けてあった。

 さらにもう一枚の紙には、それぞれの印のある場所へ行く際の道順が書かれている。

 その場所に行くには、どの道を通ればディームに繋がる人物と接触しないかや、どんな建物があるかなども書かれていて、わかりやすい。

 さすが、説明好きなセバスチャンさんだ。


 まず調べようと考えたのは、以前にも行った事のある場所の近く。

 リーザがイジメれられていて、レオが発見し、俺とエッケンハルトさんが助けに入った場所から、すぐの所だ。

 というより……地図をもう一度見てみるが、間違いなさそうだ。


「もしかすると、ディームはリーザがいじめられている所を、見ていたのかもしれないな……」

「ワフゥ!」


 建物の間に、ぽっかりと空いた小さめの広場のような場所。

 そこでリーザがいじめられていたのだが……ディームがいるかもしれないと記されている場所は、その広場の向かいだった。

 考えすぎかもしれないが、ディーム本人か近しい人物が監視というか、様子見のために建物の中から見ていた可能性がある。

 ……そうなると、俺と公爵家の関係もバレてる可能性もあるが……まぁ、あの時エッケンハルトさんは顔を隠してたから、バレてないと思いたい。


 問題はそこではなく、リーザがいじめられている所を、見世物として見ていた可能性があるという事だ。

 マルク君と話している時、無理矢理押さえつけていた感情が、にわかに湧き上がるのを感じる。

 隣にいるレオも、憤慨した様子で鳴く。

 ……いかんいかん、冷静にならないとな。


 相手はスラムを牛耳る人物だ。

 熱くなってしまえば、何か思わぬことが起きるかもしれない。

 レオがいるからと、驕ったりせず、しっかりしないとな。


「……すぅ……はぁ……よし、行くぞレオ!」

「ワウ!」


 一度深呼吸をし、心を落ち着けてからレオと一緒に移動を開始する。

 まずは、ラクトスでいつも通っている大通りだ。

 時間も遅いため、いつもは人手賑わっている場所も、人の姿はなく、閑散としている。

 屋台も閉まっていて、何かを売っていたりする事も無い。


 深夜でさらに雨も降っているため、かなり暗いはずだが、大通りはそれでも時折人が通る事を考えてか、一定間隔で篝火がたかれていた。

 街灯なんてないから、その明かりを見ると少し安心するし、移動するのにありがたい。

 雨も降ってるから、それぞれの篝火は、小さくも背の高い雨避けの中でたかれている。

 木組みで作られてるから、燃え移らないように高く作ってあるのは当然か。

 多分、衛兵さんが見回ってる時に、薪の追加や消えてないかの確認をしているんだろう。



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