第410話 雨が降り始めました


 

 レオに乗りながら、さっきまでの事を思い出す。

 屋敷を出てすぐ、普通なら閉じられているはずの門が、開いていた。

 夜というのは関係なく、誰かが来ると前以てわからない場合を除いて、基本的には閉じていたのを覚えてる。

 公爵家の持つ屋敷だから、街とは違うのは当然か。

 さらに、常時門番を二、三人置いていたはずなのに、俺達が通る時にはいなかった。


 多分、セバスチャンさん達が伝えたのか、俺がどうするのかわかっていたのか……通すために門を開けておいて、見張りも別の場所にいたんだろう。

 そうまでしてくれた皆には、感謝しかないな。

 俺達が今から行おうとしている事は、危険な事。

 俺やレオが危険という事とは別に、公爵家の関与が知れたらどうなるかは、夕方エッケンハルトさん達と話した通りだしな。


 それでも、止める事なく俺を送り出してくれた。

 まぁ、街から離れた屋敷で、そこまで念入りに気を付ける必要はないかもしれないが、やるからには徹底的に……という事だろう。

 数日も猶予があれば、セバスチャンさんを始めとした、有能な公爵家に関わる人達が動いて、一斉蜂起や暴動を起こしたりしないようにできるはずだ……と信じてる。

 俺がする事は、それよりも早くディームを見つけて捕まえ、公爵家が水面下で動いている事を悟られないようにする事だ、と考えてる。

 というより、そう考えを改めた……が正しいか。


 指示する人間がいなくなれば、やりやすくなるだろうしな……俺が公爵家と関わっていると知られなければ、だが。

 ともあれ、俺はリーザが標的にされてるという状況を打開するだけだ。


「ハッハッハッハ……ワフゥ……ワフワフ?」

「ん? あぁ、そうだな。確かに見晴らしは良くないか……ちょっと待っててくれ」


 走るレオに声をかけられ、思考を止める。

 どうやら、暗くて見晴らしが悪い事が気になるらしい。

 ラクトスへは真っ直ぐ進めばいいだけだから、何かにぶつかったりする事はないが、それでも遠くまで見えないのは危ないか。

 レオとしては、走ってるのに景色が流れるのが見えづらくて、不満なのかもしれないが……。


 俺は、速度を緩めたレオに声をかけて、腰に下げていた剣を抜いた。

 それを掲げるようにしてから、少しだけ集中。


「ライトエレメンタル・シャイン」

「ワフー!」


 何故か、レオも呪文唱えるように吠えるのを聞きながら、魔法の発動。

 剣に魔力を通し、刃の部分に光を宿らせる。

 ……クレアさんに教えてもらってた事が、早速役に立ったな。


「さすがに遠くまでは照らせないが、さっきよりは大分マシだな」

「ワフ、ワフ」


 剣を掲げたまま、照らされた光を見る。

 光は直視すれば眩しい程だが、月すら見えない宵闇の中走るのには、十分な光だ。

 周囲数メートル程度を照らす光を頼りに、ラクトスへ向かう。

 遠くまで見渡せないとはいえ、明かりがある事で、レオは機嫌よく走ってるな。


「月が見えないな……そんな日もあるか。というか、この世界にも月らしき物はあるんだよなぁ……ん?」


 少し余裕があったため、走るレオの背中で空を見上げ、月がない事を確認。

 夜に空を見上げた事は何度もあるが、この世界にも月はある。

 以前いた世界にあった、白色のような黄色のような月ではなく、少し青みがかった銀色の月だ……見方によっては青白く見えるかもしれない、ぼんやりとした姿が夜空に浮かんでいるのを何度も見た。

 それが月と呼ばれるのかどうかは確認していないが、この世界にも衛星はあるという事なんだろう。

 天体には詳しくないから、何とも言えないが……。


 そうして、空を見上げてる俺の顔に、ポツリと落ちて来た水滴が当たった感覚。

 ……水滴?


「雨……か?」

「ワフ……」


 ポツリポツリと、顔に当たる水滴が増え始め、少しずつ量を増やしていく。

 この世界に来て、雨に当たるのは初めてだ。

 気候のせいなのかなんなのか、屋敷やラクトスがあるあたりは、雨の降る量が少ない。

 そのうえ、降ったとしてもほとんどが深夜で、日中に降る事がない。


 もしかしたら、俺が体験していないだけで、降る事もあるのかもしれないが、今の所体験していない。

 雨が降るため、分厚い雨雲が空を覆ってたから、月が見えなかったのか……。


「……ちょっと強くなって来たか? レオ、大丈夫か?」

「ワフワフ。ワウー!」

「お湯じゃないからか……まぁ、レオが楽しむには、いい……のか?」


 数分当たっていれば、ずぶ濡れになる程の雨が降り始めた。

 そんな中、走るのは大丈夫かと聞いてみるが、レオの方は雨に当たって楽しそうだ。

 馬よりも早く走ってるから、目に雨が入って辛いかもと思ったが……レオにとっては問題にもならないらしい。

 ……俺は、目を薄めで開けてるので精一杯だってのに。


 ちなみに、掲げた剣は雨に打たれても問題なく光を放ってる。

 これがもし、松明とかの火を使った照明だったら、火が弱くなったり、消えたりしてたな。

 魔法があって良かったと思う瞬間だ。


「帰ったら、風呂に入って温まらないとなぁ……」

「ワフ!?」

「いやいやレオ、お前もびしょ濡れだろ? 雨は埃も混じってるだろうし、綺麗にしないとな」

「ワフゥ……」


 雨具は当然持って来ていないし、傘なんてものはない。

 というより、この速度で移動してたら役に立つかわからない。

 強くなった雨に、俺もレオも既にびしょ濡れだ。

 俺はまだしも、全身が毛で覆われているレオは、その毛に雨をたっぷりと含んで体に張り付いている。

 ……いつも大きく見えるレオが、少しだけ小さく見えるくらいだ。


 色々とやる事があるんだし、風邪を引いて動けなくなってはいけないと、帰ったら風呂に入る事を考えて呟くと、嫌そうに驚くレオ。

 以前ほど嫌がらなく放ったが、まだまだ風呂嫌いは治らないようだ。

 雨には空気中の埃やらなにやらが混じっている事が多いため、全身ずぶ濡れのレオの毛は、隙間に埃が入り込んでしまうだろうしな。

 帰ったら綺麗にしないといけない。

 走る事や、水に当たるのを楽しそうにしていたレオが、少しだけ意気消沈するのを説得しながら、ラクトスへと向かってひた走った。


 この雨は、危険な事をする俺への警告なのか、それとも身を隠すための天からの応援なのかを考えながら――。


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