第396話 皆で厨房に潜みました



「それじゃ、ライラさん。お願いします」

「はい。リーザちゃん、私とお話しして待っていましょうね?」

「うん、わかった。リーザ、ライラお姉さんと一緒にいる!」


 ライラさんにリーザをお願いして、レオを連れて部屋を出る。

 素直に頷いてくれたリーザは、俺やレオが離れて行く事に、あまり不安は感じていないようだ。

 近くに、懐いてるライラさんがいるのも大きいんだろうが、やっぱり一人にされるかもという不安は、ある程度解消されてるみたいだな。


「ワフ、ワフ!」

「わかったわかった。早く行くからちょっと待ってくれ。そんなに早く行っても、すぐに相手が現れるわけじゃないんだぞ?」


 盗み食いをした不届き者を許せないレオは、早く厨房に行くように俺を急かす。

 その声に答えながら、俺はレオと一緒に、ヘレーナさん達の待つ厨房へと向かった。

 まだ時間に余裕はあるから、急いでも待つ時間が長引くだけなんだけどなぁ。

 深夜に見張る事になるのだから、眠気覚ましの薬草でも作っておけば良かったかな?


 と、移動中に考えたが、すぐに却下した。

 できるかどうかではなく、知識のない状態で覚醒効果のある薬草を作ったら、変な物ができるかもしれないしな。

 この世界ではどうかわからないが、副作用だとか依存症だとか、危ない薬草ができてもいけない。

 もっと薬や薬草の知識を得てから、安全な物を作れるのであれば……という条件でいずれ、だな。

 そんな事を考えながら、いつも機嫌よく振られてるレオの尻尾が、怒ってるようにピンとしているのを眺めつつ、厨房へ向かった。



「……そろそろでしょうか?」

「そうですね……」


 厨房へ来てすぐ、レオに匂いで判断できないか調べてもらったが、色んな料理をしたり、食料が置いてあって匂いが混ざり過ぎてるため、よくわからないとの事だ。

 さすがのレオでも、様々な匂いの中から、誰か知らない相手を調べるのは不可能か……。

 そんな事もありつつ、明かりを消して厨房に身を潜め、ジッと何者かが現れるのを待つ。

 見張りには、フィリップさんとヘレーナさん、セバスチャンさんの他、数人の料理人さんと護衛の人が身を隠している。

 


 厨房は保管庫以外にも、調理台やかまどがいくつかあるため、身を潜ませるのに苦労はしない……人間は。

 レオは大きな体を潜ませるのに苦労しているようで、今は、調理台の間に体を縮こまらせて身を隠してる。

 ちょっとどころか、かなり窮屈そうだ。


 もしもの時、盗み食いをする何者かが暴れたりすると、咄嗟に動けないだろうと思ったが、その時は魔法でなんとかすると言っていた。

 窮屈な思いをしても、盗み食いする相手を捕まえるという、レオなりの意気込みなんだろう。

 余程無断で食べ物を食べても怒られていない事が、許せないらしい。

 ……そんなに俺、レオがつまみ食いした時に怒ったかな……?


 いや、癖になっちゃいけないからと、何かの本で読んだから、結構きつく怒ってしまってたかもなぁ。

 あの時は、今のようにはっきりと意思疎通もできなかったし……すまない、レオ。


 カタ……。


「っ!」


 昔の事を思い出し、心の中でレオに謝っていた時、暗く静かな厨房に、微かな音が聞こえた。

 その音を聞いたのは俺だけではなく、同じように身を潜めている人達も聞いたようで、にわかに緊張が走った。

 レオも確かに聞いたようで、耳と目をせわしなく動かしてる。

 多分、何が来たのかを確かめてるんだろう。


 数瞬が、数分にも数十分にも思える時間が流れ、静けさに包まれている厨房で、音を立てないよう身を潜めて待つ。

 盗み食いされるのは防ぎたいが、誰が行っているのかを確かめもせず、追い払うだけでは解決にならないからな。

 確実に誰なのかを確かめる事と、できるだけ現行犯で捕まえるのが目的だ。


「……」


 顔を動かさないよう、気配を押し殺すように注意し、視線だけで厨房の様子を窺う。

 暗闇にも目が慣れてきたおかげで、周囲の様子が何となくわかる。

 厨房の窓から、微かに月明かりが差し込んで来ているためだろう。

 厨房に来てすぐ、見張っている皆にレオも含めて、感覚強化の薬草を分けて食べてたおかげもあるんだろう。


 普通なら聞こえない、息を潜めているはずの、誰かの呼吸音すら聞こえて来る。

 おそらく、さっきの微かな音も、薬草がなかったら聞こえなかったんだと思う。


 カチャ……カチャ……。


 厨房の入り口の方から、硬質な物が床と触れるような音が聞こえて来た。

 何者かが厨房に入り、食料を求めてゆっくり近づいているんだろう。

 その音は本当に小さく、何者かが見つからないよう、音を出さないように動いているのがわかった。

 見つかったらいけないという事が、わかっている動きだな。


 カチャ……カチャ……カチャ……。


 音は段々と、俺がいる保管庫の方へ近付いて来ている。

 何者かが近付くにつれて、潜めようとしているその息遣いも、微かに聞こえてきている。

 これは……人間の息遣いじゃないような……?


 厨房にいる人達の息遣いは、薬草のおかげで方々から聞こえてきているが、そのどれとも似ていない。

 強いて言うなら、レオに似てるか?

 何者かが近付いているという緊張から、呼吸が浅くなっている人間とは違い、深い呼吸のようだ。

 まぁ、人間と他の生き物との呼吸音の違いとか、詳しくはわからないから、間違ってる可能性もあるけどな。


 ともかく、段々と近付いて来る足音のような、硬質な音。

 それが近付くにつれ、俺を含めた皆の緊張が高まるのを感じる。

 と、その時だった。

 レオが鼻をひくつかせるのを、薬草で鋭敏になった俺の目が捕らえる。


 匂いを嗅いでいるのか?

 レオにとって、何か覚えのある匂いなのかもしれない。


 カチャ……カチャ……カ……。


 視界の隅でレオを見ていると、ゆっくりと近付いていた足音が不自然に止まる。

 向こうが何かに気付いて、動きを止めたようだ。

 俺達が見張っている事がバレたのか?

 もしそうだとしたら、すぐに逃げるかもしれない……。


 俺はセバスチャンさんと視線を交わし、どうするかを考える。

 まだ誰も姿を見ていない状態で逃げられたら、ここで見張りをしている意味がなくなる。

 だとしたら、今ここで一斉に動いて、忍び込んだ相手を捕まえるように動くべきなのかもしれない。

 止まった時の足音は、手を伸ばせば届く距離ではないが、飛びかかれば手が届く程度の距離にいるのは間違いなかった……どうするか……。



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