第393話 厨房に侵入者がいるようでした



「でもリーザ? 前にも言ったけど、ちゃんと部屋に入る時は、ノックが必要だぞ?」

「えへへ……忘れてた」

「次からは気を付けるようにな? ノックをしてたら、レオや俺が気付いて、さっきのように驚く事はなくなるんだから」

「はーい」

「ワフー」


 風呂から帰って来て、リーザがノックしていれば、最低でもレオは気付いただろうから、吠えた事に驚く事は避けられただろうしな。

 以前と同じように、言い聞かせると片手を後頭部に持って行きながら、忘れてたと言うリーザ。

 まぁ、子供はこんな感じだよなぁ。

 一度言って全てを覚えられるのなら、育児は苦労しない。


 俺に何がわかるんだ……って言われそうだが、自分が子供の頃を思い出すと、そんな感じだったからな。

 一度で覚えられる事もあれば、当然覚えられない事もある。

 特に今日は、ラクトスで色々な事があったばかりだから、ちょっとした事は忘れていても仕方がないだろう。

 素直に返事をするリーザと一緒に、レオも似たような返事をして返す。

 わかってるのかは疑問だが、あまり口うるさく言うのもあれだし、今日の所はこのくらいだな。


「それじゃ、俺とレオはお風呂に行って来るから……ライラさん呼ぼうか?」

「ワフ!?」

「ううん、大丈夫。一人でおとなしくしてるからー」

「そうか。できるだけ早く帰って来るから、ちょっとだけ待っててな。――ほらレオ、行くぞ?」

「ワフゥ……」


 風呂上がりのリーザと入れ替わりで、今度は俺が風呂に入る。

 支度を済ませ、リーザに声をかけると、一人で部屋にいるのも平気になったようだ。

 多分、遠慮がいらないとか、我慢が必要ないと言い聞かせた街での事が、きっかけなんだろう。

 ついて回らなくとも、リーザを一人にしないと、安心できたんだと思う。


 風呂に入ると言った俺の事を、聞いてない!? と言いたげな表情をしているレオを連れて、部屋を出た。

 部屋の外には、ライラさんとゲルダさんが待機してくれており、俺がレオを洗った後に体を拭く役目をお願いした。

 ちなみに、リーザが部屋の扉を開け、レオの吠え声が外まで聞こえた事で、ゲルダさんが驚いてしまったらしい。

 ライラさんは平気そうだったが、ゲルダさんを見ているうちに、俺とレオが風呂に入ると漏れ聞こえたので、お世話をしようと待機してたんだとか。


 ライラさんのお世話好きはともかく、ゲルダさん……すみません。

 レオも謝るようにゲルダさんへ顔を摺り寄せると、ようやく落ち着いたようだ。



「ライラさん、ゲルダさん。お願いします!」

「ワフワフ」

「はい」

「畏まりました」


 風呂場で体を洗い、水の入った大きな桶で遊ぼうとしたレオを止め、脱衣場に連れて行って、外で待機してくれてるライラさん達に声をかける。

 その後は、レオを拭くのを任せて、俺はゆっくり一人で風呂へ。


「しかしレオ……大分風呂嫌いが収まったと思ったら、水で遊ぼうとするんだな……」


 広い湯船に浸かりながら、溜め息を漏らすようにさっきの事を思い出す。

 まぁ、遊ぶと言っても、前足で水をパチャパチャとするくらいだが。

 それでも、俺の腕より大きいレオがやると、多くの水が弾かれるし、俺にかかって冷たい。

 早く部屋に戻らないと、リーザが寂しがると言って、水で遊ぶのを止めさせたが、そのうち思う存分水で遊ばせた方がいいのかもな。


 以前は風呂を嫌がってたし、川に連れて行く事もなかったから、水で遊ぶとは知らなかった。

 この世界に来て、森に流れる川を泳いだりしてるから、お湯じゃなければ好きなんだろう。

 相変わらず、お湯を嫌がるのは不思議だがな……。



「タクミ様、お休みになられるところ、申し訳ありません」

「ん? ヘレーナさん? それに、セバスチャンさんも?」


 風呂からあがり、温まった体を冷やさないようにしながら、レオとリーザの待つ部屋へ戻る途中の廊下で、ヘレーナさんに声をかけられた。

 ヘレーナさんの後ろには、セバスチャンさんもいて、何やら難しい顔だ。


「どうしたんですか、こんな時間に?」


 セバスチャンさんはともかく、ヘレーナさんは朝食の準備をしてくれたりもするから、使用人さんの中でも、人一倍朝が早いはずだ。

 もう日が変わるくらいの時間なのに、起きてたら朝辛いだろうに……。

 そう考えながら、ヘレーナさんに問いかける。


「その……大変申し上げにくい事なのですが……」

「私が代わりに説明致しましょう」

「えっと……はい」


 俺を窺うような視線を向けながら、ヘレーナさんが説明するのを躊躇っていると、後ろからセバスチャンさんが進み出て、説明を変わってくれる。

 目が輝いている事から、むしろ説明したいのだろうなと言うのは見え見えだが、そこは突っ込んだりしないようにしておこう。


「ここ数日の事なのですが……どうやら厨房に保管してある食料が、何者かに盗み食いされているようなのです」

「盗み食い……ですか?」

「はい。皆が寝静まった深夜、何者かが厨房に侵入し、食料を食べているのです」


 誰かが勝手に、置いてある食べ物を食べてるのか。

 盗んでいくんじゃなくて、その場で食べるという事は、外からの侵入者じゃない……のかな?


「他の物が盗まれたり、魔物とかが入り込んだ……という事は?」

「食料以外に、盗られた物はないようです。それと、魔物であれば、屋敷内の誰かが襲われても不思議ではありませんが、それはありません。それに、昼夜問わず警備をしているので、誰にも気付かれずに侵入できるとは思えません」

「そうですか……じゃあ、内部の誰かが?」

「そう考えられます。というより、盗まずその場で食べている時点で、内部の者でしょうな」

「まぁ、そうですね」


 外部からわざわざ侵入したのなら、盗み出すのが普通だろう。

 その場で食べて証拠を残すなんて、どれだけ腹ペコ盗賊か……というくらいだしな。

 そもそも公爵家の屋敷に侵入なんて、何も盗まなくても危ない行為だ。

 それをやり遂げる人間が、食べ物を食べるだけで済ませるとは思えない。


 しかもセバスチャンさんは、ここ数日と言っていた。

 つまり、複数回に分けてとなるわけだから、誰かが侵入するという可能性は低くなるわけだ。

 それだけ何度も侵入しているのなら、魔物でなくとも誰かが襲われてたり、他の物が盗まれてたりしてるしな。



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