第386話 耳隠しの帽子は喜んでくれました



「そうだ、リーザ。これを被っておくといいぞ?」

「ん?」


 リーザの魔法はいずれ……という事で少し談笑し、イザベルさんの店を出る前に思い出した。

 ハルトンさんが作ってくれた、リーザ用の耳隠し帽子だ。

 受け取った後、すぐにレオが怒るという騒ぎがあったから、すっぽり頭から抜け落ちてた。

 これをしていれば、獣人と知られる事が減って、余計な騒ぎに発展する事は少なくなるだろう。


「ほら……どうだ?」

「んー……ちょっと耳がムズムズする。けど、可愛い!」

「ははは、そうか。ハルトンさんに感謝だな」

「似合ってるわよ、リーザちゃん」

「中々可愛いじゃないか」


 帽子を取り出してリーザに被せ、顎下でボタンを留めてやる。

 耳を収める部分があるとはいえ、少し耳が押し潰されてる感じなんだろう、難しそうな顔をしていたが、魔力検査をした水晶に移る自分の姿を見て、気に入ったようで笑顔になった。

 外から見ると、耳のある部分が二つ、こんもりと盛り上がっているが、これだと獣人の耳は隠せてるだろう。

 今は服を変えてないから尻尾が出てるが、そちらも隠す服にしたら、単なる可愛い女の子にしか見えないと思う。

 クレアさんとイザベルさんも、微笑んで帽子を被ったリーザを褒めてる。


「えへへへ……」


 皆から褒めれて少し照れ臭そうにしてるリーザだが、喜んでるのは間違いないだろうから、買って良かったと思う。

 気が付いて用意してくれたハルトンさん、ありがとうございます。


「それじゃ、イザベルさん。また来ますね」

「イザベル、またね」

「はいよ。今度はリーザと一緒に、もっとゆっくりできる時間に来な」

「ははは、そうですね」

「お婆ちゃん、またねー!」

「あぁ、またね。タクミやクレア様に、存分に甘えるんだよ?」

「うん!」


 イザベルさんと話して、店の外へ。

 リーザを孫のように可愛がってるとわかって、ここに来て良かったな。

 スラムでの事や、さっきの騒動はあったが、リーザの事を獣人だからと差別しない人がいるのは、救いに思えた。

 リーザを拾ったお爺さんの事も聞けたしな。


 お爺さん……エインドルフさんに関して、多くはわからずとも、ちゃんとリーザを可愛がっていた事がわかったのも嬉しい。

 リーザから聞くだけで、どういう人なのか今まで全くわかってなかったしな。

 悪い人ではないという事くらいは、リーザを見ていればわかるが。


「ママー、見て見て!」

「ワフ?」


 外へ出たリーザは、まずレオの前へかけて行き、俺が被せた帽子を見せる。

 多分、ハルトンさんの店から出た後も、こうして服を披露していたんだろう。


「ワフ、ワフワフ」

「でしょー、可愛いよね。パパに買ってもらったの。これがあると、耳を隠せるからって」

「ワフー。ワウ?」

「まぁ、ハルトンさんが用意してくれてたんだけどな」


 可愛いと褒めるように、頷いて鳴くレオに対し、嬉しそうに買ってもらった事を報告するリーザ。

 それを聞いて、まるで気が利くな? とでも言いたげに俺を見て鳴くレオ。

 実際はハルトンさんが気を利かせてくれたんだけどな。

 しかしレオ、そうやって俺を見て首を傾げるという事は、俺が気が利かないみたいじゃないか……。

 まぁ、気が効く方とは、自分でも思ってないが……。



「ふんふん……ふ~ん……」


 レオに乗り、上機嫌なリーザと一緒に、ラクトスの西門へと向かう。

 そろそろ日が沈み始めて、暗くなって来たから屋敷へ戻らないといけない。

 リーザは鼻歌を歌うようにしながら、歩くレオの揺れに合わせるように、体を揺らす。


「こうしてると、獣人という事もわかりませんね」

「そうですね。レオに乗っていれば、リーザの尻尾も隠れますし」


 微笑ましく揺れているリーザを見ながら、クレアさんと話す。

 レオには綺麗で長い毛があるから、リーザが背中に座ると、尻尾が毛に埋もれて見えなくなる。

 さらにレオは俺達が見上げる大きさだから、尻尾を上向きに伸ばさない限り、見える事はないだろう。

 こうしていると、ただ上機嫌な女の子にしか見えないな。


「リーザちゃんが怪我をした事は別として、連れて来て良かったようですね」

「そうですね。リーザとも色々話せましたし……イザベルさんのように、知り合いも見つけられました。これまでより、リーザとの距離が近く感じますね」

「はい。屋敷では私達にも、遠慮をしているように感じましたから」

「多くの人が好意的に接して来る事に、慣れていないんでしょうね。俺に対しても、やっぱり遠慮のようなものは見え隠れしてましたから」


 ハルトンさんの店や、ハインさんの店での事。

 さらにはイザベルさんとの関係で、ようやくリーザは警戒心が解けたように思う。

 屋敷に居ても、少しずつ和らいではいたと思うが、街での事でそれが早まったのは間違いない。

 それを考えると、石を投げられてからの騒動や、クレアさんに抱き締められた事もプラスに働いたんだろう。

 ……まぁ、リーザが怪我をした事だけは、許せないとも思うが。


「タクミさんは、リーザちゃんを怪我させた犯人が捕まったら、どうしたいですか?」

「突然なんですか?」

「いえ、獣人の事をよく知らないための、差別や迫害だとは思いますが……タクミさんならどう判断するかを聞きたくて……」

「そうですね……」


 リーザに対して、石を投げ、怪我をさせた事は許せないと思う。

 直接その瞬間を見たわけじゃないが、想像しただけで怒りの感情が沸いて来るくらいだ。

 かといって、犯人を厳しく処罰すればいいわけじゃないとも思っている。

 おそらく犯人は、俺とエッケンハルトさんがスラムへ行った時、リーザをイジメてたうちの一人だからな。


 リーザをイジメたり、石を投げたのは、獣人に対して知識がないというのが一番だろう。

 スラムで暮らしてて、鬱屈した思いがあって、標的にしやすかったというのもあるかもしれないが。

 ともあれ、真実を知らないというだけで、すんなり処罰してしまうのは、なんとなく違う気がする。

 まぁ、やった事は許せないから、ある程度は罰せられるべきだとも思うけどな。


 あとは、犯人が若い事か……。

 はっきりとした年齢はわからないが、俺が見る限りでは中学生か、よくて高校生くらいの……十代前半くらいに見えた。

 まだ子供と言ってもいい年齢だ。

 少なくとも、孤児院を出る年齢ですらないと思う。

 そんな子を、厳しく処断するのもな……難しい。



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