第363話 雇用者リストを見ました
「タクミ殿、今日もあの薬草が欲しいのだが……」
息を整え終わったのを見計らって、エッケンハルトさんから声をかけられる。
あの薬草って、安眠薬草の事だろうか……?
ちょっと言い方を変えたら、危険な言い回しになってしまいそうな要求に苦笑しつつ、安眠薬草を取り出そうとした。
「あまり、これにばかり頼るのも、良くないですよ?」
「それはわかっているのだがな……朝起きようとすると、どうしてもな。クレアに何か言われる事もなくなるしな」
「まぁ、確かに、朝起きて朝食の場にいられるのであれば、クレアさんは何も言わないと思いますけど」
エッケンハルトさんに安眠薬草を渡しながら、少しだけ注意。
朝の弱いエッケンハルトさんからすると、朝食後に起きて来て、クレアさんに何か言われてしまうのは、肩身が狭い気がするのだろう。
娘に弱い父親の図として、簡単に想像できるし、今までその場面を何度も見てるしな。
「朝起きる感覚が掴めたら、薬草に頼らず起きるよう努力する」
「……朝起きるのって、感覚を掴まないと起きられないものでしたっけ……?」
本人の努力次第な所は、確かにあるとは思うが……感覚を掴むとか、剣の扱いに慣れるのと同じように考えられる事なんだろうか?
疲れてる時とか、起きるのが辛い事があるのは、散々経験して来てるから、よくわかるけどな。
ともあれ、エッケンハルトさんに安眠薬草を渡し、いずれは薬草に頼らず朝早くに起きられるようになる事を願って、その場は解散となった。
「ライラさん、ゲルダさん、よろしくお願いします」
「はい、お任せ下さい」
「畏まりました」
「リーザ、お風呂に入っておいで」
「……うん、わかった」
部屋に戻り、入り口で待っていてくれた、ライラさんとゲルダさんに、リーザを風呂に入れるようお願いする。
ライラさんとゲルダさんは、リーザを風呂に入れる事……というよりも、耳や尻尾に触れられる事を喜んでるようだ。
リーザは、少し不安そうな表情になったが、ライラさんやゲルダさんの事が嫌いでも、風呂が嫌いなわけでもないから、おとなしく二人について行ってくれた。
まだ、俺やレオと離れるのが不安なだけなんだよな……もう少しライラさん達に慣れてくれれば、大丈夫だろうとは思うんだが。
「さて、リーザが風呂に入ってる間に……と」
「ワフ?」
「朝、セバスチャンさんから受け取った書類だよ。誰を雇うにしても、しっかり見ておかないとな」
「ワフ!」
リーザ達が風呂へと向かった後、セバスチャンさんから受け取った書類を見るため、机に近付く。
レオが首を傾げたので、説明しつつ、置いてある書類の束を手に取った。
俺が見て判断する事なのに、レオがやる気のある声を出して、俺の肩越しに書類を除き込んだ。
……レオが見て、わかるのか? というか、この体勢はちょっと辛いな。
「レオちょっと待ってくれ。……よし、これでいいだろう」
「ワフ」
レオが覗き込んだ時、俺は書類を取るために中腰だったので、体を伸ばしつつ、机と一緒にある椅子をレオの前に移動させ、そこで座って書類を見る事にした。
座った俺の後ろから、レオが覗き込んでるのが気配でわかるが、本当にレオも見るつもりのようだ。
「ふむ……結構、屋敷で働いてる人がいるようだ。……全員はさすがに無理だろうが、何人か雇いたいな……」
「ワフワフ」
現在屋敷に居る人達なら、俺やレオに慣れていてくれるはずだ。
『雑草栽培』の事も含めて、説明する手間が省けるし、俺もやりやすい。
レオも、肩越しに覗き込みながら、肯定するように鳴く……本当にわかってるんだろうか?
「こっちは、ラクトスの街にいる人か……成る程。……そういえば、『雑草栽培』の事とかってどういう扱いになるんだ?」
「ワフ?」
書類をめくり、何人かの情報が記されているのを見て行く。
そのうち、使用人さん達の名前が途切れ、知らない人達の情報になって行った。
ラクトスの街や、周辺の村での人達もいるようで、年齢や経歴も様々だ。
男性もいれば、女性もいるし、現在も他で働いている人もいるうえ、結構年上の人もいた。
それを見ているうちに、俺の事に関してどういう扱いにすればいいのかが気になった。
俺が呟いたのに対し、レオも疑問に思ったような声を出してる……レオの事もあるからなぁ。
怪しい人とか、変な事を考える人は除外されてるんだろうが、全ての情報を、雇った人たちに教えてもいいのかどうか……。
ある程度最初から知っている人以外は、『雑草栽培』とレオの事くらい……かな?
俺が異世界から来たとか、そういう事はあまり広めない方がいいだろうし、信じてもらえない可能性もあるしな。
公爵家が関係する事なので、信用度は高いとは思うが。
ともあれ、ギフトの事はあまり広めない方が良いと言われてるから、雇う人達に教えてもいいものか悩む。
薬草園を作るんだから、ある程度は知らないといけない事だとは思うが……。
「これは、明日にでもセバスチャンさんに確認だな。レオ、ちょっとすまん。……えーと……」
「ワフ」
確認事項という事でレオに断った後、机に置いてある、何も書かれていない紙にメモ書きをしておく。
ついでに、書かれている情報の中で、疑問に思った事もだ。
一つだけならまだしも、複数になると忘れてしまうかもしれないからな、メモを取るのは重要だ。
……仕事で、散々上司にきつく言われたからなぁ……そう言う上司はメモを取らない人で、忘れた事を部下のせいにしてたが。
「あんな上司にならないためにも……と。よし、OKだ。レオ、続きを見よう」
「ワッフ」
メモを取り、レオと一緒に続きを見る。
一人で雇う人達の情報を見てたら、本当に俺が何人も雇っていいのか不安になる所だったが、レオがいてくれてるおかげで、和む。
もしかすると、俺のためを思って一緒に見てくれてるのか? と一瞬考えたか、多分興味本位だろう。
何はともあれ、ありがとうな、レオ……と、心の中でお礼を言っておいた。
「ん……えっと、これは。……まさか……?」
「ワフ?」
レオに感謝しつつ、束になった書類をめくって行き、最後の1枚になった時、それを発見した。
書類には、雇う候補の人に関する情報が、1枚あたり2,3人程度書かれていて、簡易的な履歴書のようになってる。
その中で、最後の一枚には下の方に小さく、よく知った人の名前が書かれている。
見間違いかと思い、目をこする俺……隣でレオが首を傾げたのがわかった。
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