第364話 リーザにノックを教えました



「……見間違いじゃないな……何を考えてるんだろう? というより、ここに名前があっても大丈夫なのか?」

「ワフワフ」

「いい機会とか、そういう物じゃない気がするんだが……これも、セバスチャンさんへの質問事項だな。……いや、本人へ直接聞くか?」


 最後に書かれていた名前……クレア・リーベルトと確かにそこに書かれていた。

 公爵家の令嬢であるクレアさんが、貴族でもなんでもない俺なんかに雇われるって、大丈夫なのかと思う以前に、駄目だろう。

 何を思ってここに名前が書かれているのかわからないが、ともかく、明日必ず聞いておかないとな。

 レオが後ろで、いい機会だと言うように鳴いたが、いい機会とかそれ以前の問題な気がしてならない。


「はぁ……一体何を考えて……って、もしかして?」

「ワフ?」


 朝、この書類を受け取った時、クレアさんの挙動がおかしかったのは、このせいなのかもしれない。

 俺がクレアさんの名前を見た時、どうツッコムのか試してたとか?

 ともあれ、それを見たエッケンハルトさんは、クレアさんを面白そうに見ていたから、皆知ってる事なんだろうと思う。

 それなら、セバスチャンさんも知ってるのか……いや、知らないわけはないだろうが。


「これだけは、絶対に聞いておかないといけないな」

「ワフ」

「お風呂上がったー!」

「リーザ様、お部屋に入る時はノックを致しませんと」


 メモにしっかり書き記し、重要事項と示すように丸で囲んで忘れないようにしておく。

 全ての内容を見終えて、メモも終えた頃、リーザが勢いよく扉を開けて部屋に戻って来た。

 風呂から上がったばかりだから、髪が湿っていてホカホカとした湯気を立ててる。

 その後ろから、リーザを注意するようについて来たのはライラさん。


 元気があるのはいい事だが、男の部屋にノックもしないで入るのは駄目だぞ、リーザ。

 それだけ、信頼してくれて、遠慮がなくなって来た証拠なのかもしれないが。


「駄目だぞリーザ、部屋に入る時はちゃんとノックだ」

「そうなの?」

「あぁ、そうだ。急に入って来たら、中にいる人が驚くだろう? 自分の部屋ならいいが……誰かがいたら驚かせてしまうからな?」

「……うん、わかった。今度からちゃんとノックするね!」

「うん、いい子だ」

「にゃふふ……」


 こういう事は、今のうちにちゃんと注意した方がいいだろうと、部屋に入って来たリーザを注意しておく。

 俺の言葉を聞いたリーザは素直に頷いて、次からはノックするように気を付けてくれるようだ。

 聞き分けのいいリーザを褒めるように、耳と一緒に頭を撫でる……まだ湿っている髪は、乾いてる時とはまた違った触り心地だ。

 嬉しそうに笑うのはいいが、やっぱり猫っぽいんだな……。


 今まで、ノックとかマナーが必要じゃなかったんだろうから、最初は仕方ない。

 俺も十分にマナーをわきまえているとは言えないが、最低限の事は教えておかないとな。

 ……この機会に、俺も一緒に学ぶというのも悪くないか。

 その場合、リーザへの威厳はなくなりそうだが、元々威厳なんてある方じゃないしな。


「ライラさん、ありがとうございます」

「いえ、リーザ様は昨日と同じく、おとなしくしてされていましたので」

「そうですか。――リーザ、偉かったな」

「えへへ……ライラお姉さんも、ゲルダお姉さんも、優しくしてくれるから好き!」

「うふふ、ありがとうございます、リーザ様」


 リーザを部屋に送り届けるために、付いて来てくれていたライラさんにお礼を言う。

 今日もおとなしくしていたらしいリーザを褒めると、照れたように笑った後、無邪気な笑顔で言った。

 ライラさんやゲルダさんにも懐いたようで、何よりだ。

 リーザの言葉を受けて、嬉しそうに微笑んでお礼を言うライラさん。


 そういえば、ライラさんは孤児院出身だったっけ……ミリナちゃんとも以前から知り合いだったし。

 もしかすると、その時に小さい子の面倒をみたりとかして、慣れているのかもしれないな。

 優しくて面倒見のいいライラさんは、子供から好かれそうだし。


「それでは、私はこれで。ゆっくりとお休み下さい」

「はい、ありがとうございます。おやすみなさい」

「おやすみなさい、ライラお姉さん!」

「ワフ」

「はい、ふふ」


 俺達に向け、一度礼をしたライラさんに、俺達もお休みの挨拶を返す。

 リーザもレオと一緒に挨拶をし、それを見て微笑んだまま、ライラさんは部屋を退室して行った。


「さて、それじゃ俺も、風呂に入るとするか」

「行ってらっしゃーい」

「ワフ」


 座っていた椅子から立ち上がり、少しだけ固まった体を伸ばしつつ、着替え等を持つ。

 久しぶりに、座って書類を見ていたから、体が固まってしまったかな。

 風呂に入って、ゆっくり体を伸ばそう。

 リーザとレオに見送られて、風呂へ入るために、部屋を出た。


 ……さすがに、レオは自分から風呂に入りたいなんて言わないか。

 あまり嫌がらなくなっただけでも、いいか。



 風呂から上がった後は、丸くなってるレオにくっ付いて寝ているリーザを、起こさないように気を付けつつ、ベッドへ寝かせ、俺も一緒に寝る事にした。

 今夜は、リーザが寂しい夢を見ないといいな。



――――――――――――――――――――



「えへへへ……」

「……ん」


 ふと、近くで誰かが笑ってる声がした気がして、目を覚ます。

 ぱちりと目を開けて、横を見てみると、スヤスヤと寝ているリーザが笑っていた。

 寝る前に考えていたように、今日は楽しい夢を見ているようだ。


「……アフ」

「レオ、おはよう」

「ワフワフ」


 いつから起きていたのか、レオが顔だけをベッドに乗せて、こちらを覗き込んでいた。

 口を大きく開けて、あくびをしていた。

 リーザを見るために、早くから起きてたのかな?


「むにゅ……ん……」

「おはよう、リーザ。起きたかい?」

「……おはよう……ございます、パパ、ママ」

「ワフゥ」


 俺が体を起こすと、それに釣られるようにリーザが目を開けた。

 今日は寂しい夢を見なかったからか、昨日とは違って涙の跡なんかはない。

 リーザは目を擦りながら体を起こし、俺とレオに向かって挨拶。

 レオも尻尾を振って、応えるように鳴いて挨拶をする。

 泣いた跡のない笑顔のリーザに安心し、朝の支度をするため、俺とリーザはベッドから降りた。



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