第362話 薬酒を広める方法を考えました



「こちらも、まだ効果を見る必要はあるが、ランジ村で生産してもらおうと思う」

「そうですね。まぁ、すぐには売れそうにありませんが……」

「そうか? 効果が実感できれば、すぐに売れると思うが?」


 ロゼワインと同じように、薬酒もランジ村で作ろうと考えるエッケンハルトさん。

 だが、これはロゼワインと違って、見た目や味が良いわけではないから、すぐに売れるとは言い切れない。


「いえ、すぐに実感できないから、すぐに売れないかと。飲んですぐに、効果が実感できればいいんですけどね」

「成る程な。買う方は効果がすぐにわかる方が、買いやすいか。だとすると、売り方を考えねばならんな」

「そうですね。ただ店に出して売るのではなく、数人……できれば広く話してくれそうな人に、しばらく飲んでもらって、効果がある事を広めてもらえれば、と思います」

「そうだな。そうすれば買ってもらえる機会も増えるか」


 通販番組やCMの事を思い出したから、ついでに同じような試みをしてみればいいんじゃないかと思う。

 早い話が、通販番組のように、誰かが試して、その効果を実感できた事を大きく宣伝してもらおう、という事だ。

 ただ、この方法でも、絶対に多く売れるとは限らないんだよなぁ。


「ただし、これでも売れない可能性というのはあります」

「どうしてだ? 効果が実際に出ている。それを試した者もいて、民に広める事もできる。なのに何故、売れない可能性があるのだ?」

「この薬酒の効果は、体を健康にする物です。外から見ても、どういった効果が出ているのか、わかりにくいのです。誰かが、薬酒を飲んで元気になったと言う。けど、それを聞いた人達がすぐにそれを信じられるかどうか……ですね」


 元気になったと言っても、元々健康な人が言っても、今までと変わらないと考える人が多いだろう。

 逆に、元気ではない……病気とまでは言わないが、体の調子がおかしいという人に飲んでもらい、元気になったのなら、説得力はある。

 けどその場合は、薬酒に頼るよりもまず、薬草とか薬でどうにかした方が早いんじゃないかな。

 それに、まだどこまで体を健康にできるかがわかってないからな。

 場合によっては、今クレアさん達が感じているように、誤差とか気のせい程度にしか、効果がない場合だってあるのだから。


「ふむ、難しいな。……そのあたりは、要相談というところか。ランジ村で作り始める頃には、何かしら考えておこう」

「はい。まぁ、少数生産で、希少価値を出す……という手もありますけどね」

「ほぉ。つまり、多く作れない……作らないからこその価値があるだろうと、思わせるという事か」

「そうです。どこまで数を絞るかは、色々考えてから決める必要はあるでしょうが……多く作れるものではないと思わせる事で、それには効果があるのでは? と思わせられるかと」


 人間は、限定品とかの希少価値が高い物に弱い……というのは、日本での経験からだが、この世界でもそれが通用するかもしれない。

 希少だから効果がある、数が作れないのは本当に効果があるからだ……と思わせられれば、売る方の勝ちだ。

 当然ながら、買う人を騙す事はしたくないので、ちゃんと効果がある事を確認するけどな。


「まずは、大きな利益を得ようとするのではなく、小さな利益でも、買う人達に効果があるのだと思わせる事が重要かと思います。効果を皆が信じるようになれば、多く生産しても売れないという事はないでしょう」

「目先の利益ではなく、将来の利益を取るという事か。中々、この国ではあまりない考え方だ。さすがタクミ殿、私の見込んだ男だ。面白い、このまま薬酒の効果が確かだとわかるようなら、今タクミ殿が言った方法で、ゆっくりと広めていく事にしよう。私の世代ではなく、次の世代の公爵家のためになりそうだからな」


 さすがは公爵家の当主で、貴族の中でも商売を成功させている人、と言えるのか。

 クレアさんは、真剣に今の話を聞いていたが、時折首を傾げていたし、アンネさんに至っては、どういうことなのか理解できないような表情をしている。

 リーザとティルラちゃんは……まぁ、難しい話はまだわからないよな。

 この国ではあまりない考えと言っているのに、この案の有効性をエッケンハルトさんは理解しているようだ。


 まぁ、有効性と言っても、薬酒がちゃんとした物になっている事が最低条件で、俺が今言った事が全て上手く行けば……なんだけどな。

 ともあれ、エッケンハルトさん以外には、セバスチャンさんくらいしか、今の話を理解していない様子だった。

 セバスチャンさんは……なんでも理解してしまいそうだけどな。



「タクミ殿、刀はこう振るんだ。剣とは違い、押し切るというのではなく、引いて斬る感覚だな」

「はい!」


 薬酒の話も夕食後のティータイムも終わり、ティルラちゃんやエッケンハルトさんと共に、裏庭でイメージトレーニングと、さらに刀の素振り。

 刀は剣とは少し振り方が違うから、エッケンハルトさんに指導されながらとなる。

 今はまだ刀を外に持ち出す事はできないが、いずれ使う事があるかもしれないという事だ。

 ……武器なんて、使う機会がない方がいいんだけどな。


 リーザやレオ、シェリーはひと塊になって見学。

 鍛錬を黙って見るだけなんて、退屈だと思うんだが、リーザは楽しそうだ。

 剣と刀を両方使って、それぞれ鍛錬する事で、四苦八苦している俺を見るのが楽しいんだろうか?

 刀は反り返ってるから、引いて斬るのに適してるのはわかるんだが、重量やら振り方やらが違って、すぐに切り替えるのが難しいな……。


「ふぅ……はぁ……」

「よし、今日はここまでとしよう」

「ありがとう、ございました」

「ありがとうございました!」


 いつもとは違う動きをする事で、今まで使ってなかった筋肉の一部が、悲鳴を上げている気がする。

 エッケンハルトさんが終了を告げ、それに俺とティルラちゃんが挨拶をして、鍛錬を終える。

 すぐに筋肉疲労を回復させる薬草を食べ、筋肉痛を治めて息を整える。

 今までずっと剣しか使って来なかったが、違う武器を使う事って、大分体に堪えるんだな。


 剣と刀は違う物ではあるが、近い武器なだけに、これでもマシなのかもしれないが。

 全く性質の違う、剣と槍の両方を使えるような人って、凄いんだなぁ……。



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