第358話 刀の見本となる動きを見せてくれました



「とりあえずは、この刀を使う所を見るといい。そのうえで、剣と刀、両方を試して、いずれどちらかに絞って鍛錬すればいいと思うぞ。ニコラ」

「はっ!」


 そう言ってエッケンハルトさんは、セバスチャンさんに連れられて来ていたニコラさんを呼ぶ。

 ニコラさんは短く返事をし、エッケンハルトさんの前へ進み出て、腰に下げていた二振りの刀を抜いた。

 一振りは、俺と同じ長さの刀で、もう一振りは少し短めの刀だ……脇差って言うんだったか。

 二刀流か……。


 今まで俺は、剣を使って鍛錬をして来たから、剣と刀の戦い方の違いを見本として、ニコラさんと模擬戦をして見せるつもりなんだろう。

 イメージとして、時代劇とかで見た事はあるが、実際に使うのを目の前で……というのは初めてだ。

 見て知り、自分で使って見る事で、剣と刀のどちらが俺に合っているのかを溜めそうという事なんだろうな。


「それでは……双方、やり過ぎないように」

「わかっている。大きな怪我はしないように、気を付けるつもりだ」

「御屋形様の胸を借りるつもりで、挑ませて頂きます」


 エッケンハルトさんとニコラさんが向き合い、刀を構える。

 その間にセバスチャンさんが入り、注意をしながら、少しだけ距離を取る。

 エッケンハルトさんは、正眼の構えだったか……両手で持った刀を、正面で真っ直ぐ構えている。

 このあたりは、剣を構えているのとあまり変わらない。


 ニコラさんは右手に太刀を持ち、頭上に掲げるようにし、左手で持った短い脇差を、右わき腹の辺りに持って行く構えだ。

 構えから予想すると、右手の太刀を振り下ろし、それを避けるか受けるかをした相手に対し、左手の脇差で胴を斬る……という流れだろうか?

 突拍子のない動きだとかをしない限りは、その通りに動く事が予想される。

 まぁ、見本の模擬戦なんだから、予定調和と言わないまでも、ある程度決められた動きをするのかもしれないな。

 というかニコラさん、御屋形様って……微妙に時代がかった喋り方をする事はあったが、そんなところも武士風なんだな。


「では……始めっ!」

「行きますっ!」


 距離を離したセバスチャンさんが、合図をしたと同時、叫び、呼気を吐きながらエッケンハルトさんへと飛び込むニコラさん。

 エッケンハルトさんの方は、刀を構えたままで落ち着いてそれを見ている。


「っ!」

「ふっ……ぬん!」

「ぐっ!」

「そこまで!」

「「……」」


 決着は一瞬だった。

 俺の予想した通り、右手の刀を振り下ろしたニコラさんだが、冷静にそれを見ていたエッケンハルトさんは、スッと後ろに下がっただけで間合いを見切り、避けてしまった。

 横に避けるか、刀を受ける事を想定していたニコラさんは、奥へと避けられた事で、脇差を使っての二の太刀を放つのに一歩踏み込まなくてはいけなくなった。

 脇差の方が、立ち寄り短いためだが……その一歩を踏み出すまでの時間が、勝敗をはっきりと分けた。


 ニコラさんが一歩を踏み出そうとするまでの間に、後ろに下がったはずのエッケンハルトさんが腕を振り上げながら、ニコラさんの方へ体を動かす。

 お互い近付く事になったが、左手の脇差を振ろうとしていたニコラさんに、エッケンハルトさんの太刀が振り下ろされる。

 ニコラさんの左肩口に、深々と打ち付けられた刀は、よく見ると刃が逆になっているが、ニコラさんの動きを止めるには十分だったようだ。


 肩の痛みで脇差を動かせなくなったニコラさんは、そのまま膝を付き、それを見たセバスチャンさんが模擬戦を止めた。

 俺とティルラちゃんは、一瞬で決着がついた事を見ながら、声を発する事もできず、ただただ驚くばかりだった。


「ニコラ、大丈夫か?」

「はっ、痛みはありますが、骨には達していないので」

「そうか。怪我をさせたら、セバスチャンに怒られてしまうからな」


 刀を右手で持ち、左手をニコラさんに差し出すエッケンハルトさん。

 その手を掴んで立ち上がりながら、ニコラさんは痛みに顔をしかめながらも、左腕を動かして無事な事を示す。

 瞬間的な事だったので、はっきりとはわからないが、ニコラさんに向かって刀を振り下ろす時に、エッケンハルトさんが刃を返して峰打ちにしたんだろうと思う。

 そのままだったら、ニコラさんを斬って大怪我になるところだからな……峰打ちでも、速度に乗った勢いがあるから、かなり痛そうだったが。


「まだまだだな、ニコラ。脇差で二の太刀を狙うのはいいとは思うが、避けられた時の想定が甘い」

「……先程のように、紙一重で躱した挙句、こちらが一歩前に出る一瞬の間に、体を前に出せる者は、御屋形様しかいませぬよ。ですが、某もまだまだ未熟なようです」

「うむ。まぁ、レオ様はもっと早いぞ?」

「シルバーフェンリルのレオ様を引き合いに出されても……某は、人間との戦いを想定していますので……」

「ワフ?」


 エッケンハルトさんがニコラさんを立ち上がらせながら、反省点を伝える。

 それに答えるニコラさんの言う通り、俺もあんな動きができるのはエッケンハルトさんくらいだと思う。

 ニコラさんの動きも決して遅くはなかったし、自分に置き換えて考えて見ると、ニコラさんが一歩踏み出す瞬間をただ見てることくらいしかできそうにない。

 薬草を摘み取るのは不器用なのに、武器や体を動かすのは器用なのかもなぁ。


 エッケンハルトさんとニコラさんが話してる中で、レオの名前が出たのもあって、離れた場所でレオが首を傾げていた。

 例に出しただけで、用件があるわけじゃないからな?

 ついでに、リーザ達の様子を見てみると、クレアさんはいつもの様子だが、アンネさんは驚いた表情をしていた。

 クレアさんは見た事があるんだろうし、アンネさんは初めて見るからかな。

 リーザは……レオの首筋を撫でてるな……刀には、あまり興味がないようだ。

 

「とまぁ、そういうわけでだ。タクミ殿、こんな風に刀は使うんだぞ?」

「いや……見本としては素晴らしかったんでしょうけど……よくわかりません」

「私もわかりませんでした!」


 ニコラさんと話し終わったエッケンハルトさんは、俺とティルラちゃんの方へ振り向きながら、色々と端折った事を言うが、正直よくわからないというのが感想だ。

 エッケンハルトさんやニコラさんのような速さで動く事はできない、というか、どうやればいいのかすらわからない。

 一瞬で決着が付いた事もそうだが、上級者達の動きを見て初心者が、全てわかったようになるのは無理があり過ぎると思う……。



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