第354話 魔法の持続は難しいものでした



「できたー!」

「ワフー」


 反対側のテーブルでは、先にリーザがレオの魔法の手伝いを受けて、二つ目の調合を終わらせ、手を挙げて喜んでいた。

 ミリナちゃんと違って、連続ですりこぎ棒を回し続けても元気いっぱいだ。

 レオも同様で、少なくとも俺と同じ時間は魔法を使っていたはずなのに、疲れている様子は全くない。

 これが、シルバーフェンリルと人間の違いか……いや、俺が未熟なだけかな?


「師匠……もう少し……頑張ってくだ、さい!」

「はぁ……わかった……はぁ……」

「……よし、これくらいで……できました!」

「はぁ~……ようやくかぁ……」


 連続で調合をして、すりこぎ棒を動かし続けたミリナちゃんは、さすがに疲れた様子だが、俺の方もほとんど変わらない。

 むしろ、息苦しさを感じている分、俺の方が疲労しているようにしか見えないかもな。

 ともかく、何とか気力で魔法を持続させ、完成の時を待つ。

 最後の一混ぜとばかりに、ミリナちゃんが力強くすりこぎ棒を回し、終了を宣言した。


 それと同時に、魔法を止め、手を降ろしてテーブルに付きながら、溜め息のように長い息を漏らす。

 体自体は、剣の鍛錬をしている時のように、筋肉の疲労とかは感じないんだが、息が乱れ、汗も流れていて、全力疾走した後のような感覚だ。

 息さえ続けば、体を動かす事はできそうだが、精神的には大分きついな。

 色々な魔法を発動させる事に、満足してたが、これは持続させる事に慣れるためにも、練習が必要……かな。


「ふぅ~、師匠、お疲れ様です」

「うん、はぁ……ミリナちゃんもお疲れ」

「パパ、お疲れー。……凄い汗だよ?」

「ワフワフ、ワフゥ」

「ははは、うん、まぁね。魔法をずっと続けて使うのは初めてだから、こんなに疲れるとは思わなかったよ」


 息を吐きながら、ミリナちゃんからの労いに答え、お互いを労わる。

 体を休めて息を整えている間に、リーザが近くに来て、見上げながら俺が汗を流している事に驚いた様子だ。

 レオに至っては、言わんこっちゃない、だから任せろと……とでも言いたげに鳴き、溜め息を吐いた。

 いや、知ってたんなら教えて欲しかったんだけどな……。

 まぁ、レオからすると、簡単な事で疲れる事でもないのかもしれないから、忠告する程でも無かったのかもしれないが。


「……私、パパに無理言ったの?」

「そんな事ないぞ。リーザが言ってくれたおかげで、魔法というものがどういうものか、また一つわかった気がするんだ。これはリーザのおかげだよ。ありがとう」

「ほんと?」

「あぁ、本当だとも」

「うん……なら、よかった」


 俺がここまで疲れてしまうとは思ってなったんだろう。

 リーザは落ち込んだ様子を見せるが、そんなリーザのおかげで、俺は魔法を持続させる事の難しさを知ることができたんだ。

 落ち込む必要なんて全くなく、むしろリーザに感謝している事を伝える。

 ちょっと苦しいが、笑顔でリーザに頷いて見せると、ホッとしたように声を漏らした。

 こんな小さな子に心配させたりしたらいけないな、もっと頑張らないと……。


「タクミ様、お茶が入りましたので、少しお休み下さい」

「あぁ、ライラさん。ありがとうございます。リーザ、ミリナちゃん。少し休憩にしようか」

「はい!」

「うん!」

「ワフ」


 俺達が調合した後の、薬をまとめるのを終えたライラさんが、いつの間にかお茶を淹れてくれていたようだ。

 汗も掻いて、喉が渇いているから丁度いい。

 ライラさんにお礼を言って、皆に休憩しようと声をかけた。

 それに頷いて、皆テーブルについた。


 ミリナちゃんは当然疲れてるだろうが、リーザとレオはまだまだ元気そうだな……これが若さか……。

 いや、そんな事は……俺だって……。

 なんて事を考えながら、椅子に座ると、皆の前にお茶を出したライラさんが、タオルを持って近づいて来た。


「タクミ様、汗が流れております。……失礼します」

「え? ちょ、ライラさ……ふご……」


 タオルを俺に渡して、汗を拭くように促せばいいだけなのに、何を考えたのか、ライラさんはそのまま俺の顔をタオルで拭き始めた。

 急な事だったので、近づいて来るライラさんを避ける事ができず、そのまま顔全体を柔らかなタオルで拭かれる。

 止めようとも思ったが、優しい手つきで拭かれるのは気持ちが良かったので、結局最後まで任せてしまった。

 拭かれてる間、面白い物を見る目でミリナちゃんとレオに見られ、キョトンとしたリーザに見られ続けていたのが恥ずかしかった……。


「……すみません、タクミ様。汗だくのタクミ様を見ていたら、つい……」

「いえ、その……ありがとうございます」


 俺の顔から首筋までしっかり拭き取ったライラさんは、その段階でハッとして俺から離れ、顔を赤らめながら謝り始めた。

 恥ずかしかったし、戸惑ったが、気持ち良かったのは確かなので、感謝を伝えておく事にする。

 顔が熱を持ったような感覚なので、俺の顔も赤くなっているんだろうな……と思いながら、なんとかお礼を言った。


「リーザちゃん、夜なべして考えましたわ! これでどうですの!?」

「「「「!!」」」」


 なんだか気恥ずかしい空間になってしまった客間で、突然入り口の扉がバンっ! という大きい音を立てて開き、アンネさんが叫びながら入って来た。

 俺やライラさんはもちろん、ミリナちゃんやリーザも体をビクッとさせ、驚いた。

 レオは……気配とかを察知してたんだろう、驚いた様子はなかったが、リーザが尻尾をピンと立たせ、耳をしぼませて頭を手で押さえているリーザを見て、アンネさんに責めるような視線を向けている。

 リーザ……驚いたのと同時に、怖かったんだな……スラムでの経験のせいか……。

 急で大きな音とかで、怖がらせないように気を付けよう。


「はぁ……」

「アンネさん……と、クレアさん?」


 扉を勢いよく開けたまま、手を広げたポーズで、不敵に微笑んでいるアンネさんの後ろから、頭に手をやり、頭痛を抑えているような恰好で、溜め息を吐いているクレアさんが見えた。

 アンネさんの様子に、そうなってるみたいだが……まぁ、確かに、勢いよく扉を開けて叫ぶのは、貴族のご令嬢としては、溜め息も吐きたくもなるか。


「どうです? これなら、リーザちゃんも私を怖がることはないでしょう!?」


 自信満々でそう言い放つアンネさん。

 何がどう変わったのか、皆の視線がアンネさんの方へ向き、一点で止まる。

 いや、正しくは二点か。

 アンネさんのその髪……縦ロールの先っぽへ……二つのドリルの先端が、おかしな事になっていた。

 アンネさん……それはちょっと、どうなんだろう……。



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