第353話 調合するために魔法を実践しました



「はぁ……少し疲れた気もするが、とりあえず薬の調合をしようか」

「はい! 師匠の考えを改めて聞き、身が引き締まる思いです!」

「いや、そこまで上等な事を言った覚えはないんだけどね……」

「調合、調合!」

「ワッフ、ワッフ!」


 ニックと話し、薬草も渡し終えてしばし、ようやく薬の調合を始める。

 カレスさんの店では、ある程度のストックが出始めているので、次にニックが来るのも減り方を見てになるが、数日後になるようだ。

 その事を確認して、薬草を持ち帰るニックを見送る。

 さっきの話で、そこまで感動できる事があったのか、不思議には思うが、何故かやる気になっているミリナちゃんと、すり鉢の中に薬草を入れる。


 リーザとレオは、調合を手伝えるのを楽しそうに、妙なリズムで歌うように口ずさんでる。

 そんなに、調合って楽しいのか?

 リーザはさっき聞いたが……レオは、魔法を使うのが楽しいのかもしれない。

 以前、どんな魔法を使えるか聞いた時、使って見せたい様子だったから、そうなのかもな。


「パパは、魔法を使わないの?」

「ん? そうだなぁ……昨日教えてもらった魔法で、使えそうなのがあったから、それを使ってみようか」

「やった、パパの魔法が見れる!」

「師匠も、魔法を使うんですか?」

「まぁね、新しい魔法を教えてもらったから、練習がてら使ってみるよ」

「ワフ? ワフワフ!」


 薬草をすり鉢に入れ、いざすりこぎ棒を使って調合……という段階で、リーザが首を傾げて俺を見上げた。

 レオが、リーザやミリナちゃんのすり鉢に向かって、風を吹かせる魔法を使おうとしていた時で、レオだけに任せて俺が使わないのが不思議に思えたのだろう。

 丁度昨日、風を起こす魔法をクレアさんから教えてもらったばかりだ。

 リーザは隣で見ていたから、調合に使えるような風の魔法を使えると覚えていたんだろう。

 

 薬草を摘み取る時もそうだが、リーザは物覚えがいいなぁ。

 ミリナちゃんにも魔法を使う事を伝え、レオの隣に行って魔法を使おうとすると、横でレオが自己主張。

 どうやら、自分が使うから、俺の魔法は必要ないと言いたいらしい。

 レオが魔法を使う場を横取りしようとか、良い恰好をリーザに見せる場面を取ろうというつもりじゃないんだが……。


「レオ、それじゃあリーザの方へは、レオが風の魔法を使ってくれ。俺はミリナちゃんの方にするから。魔法の練習のためという事で、頼むよ。それに、レオも広範囲に魔法を使うより、リーザの方にだけ魔法を使った方がやりやすいだろ?」

「ワフ……ワフワフ、ワフゥ」


 えっと、広い範囲で魔法を使うのは何も苦労はないけど、練習なら仕方ない……かな?

 溜め息を吐くように言ったレオと場所を移動して、レオはリーザの近く、俺はミリナちゃんの近くで魔法を使い始める事にする。


「こっちはママなんだね。よろしくね、ママ!」

「ワフ!」

「師匠、よろしくお願いします」

「うん。まぁ、まだ慣れない魔法だから、調整は難しいかもしれないけど……もし風が強すぎるようだったら、言ってね」

「はい」


 すりこぎ棒を持ったまま、レオにお願いするリーザと、俺にお願いするミリナちゃん。

 レオは任せろと自信満々で頷いてるが、俺の方はそこまでの自信はない。

 昨日、教えてもらったばかりの魔法だからな。

 発動しないなんて事はないだろうが、上手く行くかどうかはわからない。


 ともあれ、期待するような目で見ているミリナちゃんのためにも、すぐ近くにいるリーザのためにも、頑張らないと。

 魔法に慣れることは、これからの俺のためになるのかもしれないから、練習とはいえ気を抜かないようにしよう。


「ウゥゥ……ワウ」

「きゃふ! ママ、ちょっと強すぎるよー」

「ワッフフ。ワウ」

「うん、丁度いいね。さすがママ!」


 先にレオが魔法を発動させ、あちらで風が起こり始める。

 ただ、レオが張り切り過ぎたのか、最初は風が強かったらしい。

 リーザがすりこぎ棒から手を離して、耳を抑えながらレオに抗議すると、すぐに風が弱まったようで、リーザが調合を開始した。

 魔法を発動してから、強弱の調整ができるのか……器用だなレオ。


 こっちも負けてられない……レオに勝てるとは思っていないが、こちらは発動してから調整する事は、やった事がないからできるかどうかもわからない。

 無理せず、弱めに意識した魔法で、ミリナちゃんを手伝おう。

 えっと、ミリナちゃんの持ってるすり鉢に向かって手を翳して、その手に魔力を……昨日よりも少しの魔力にするように意識して……このくらいかな?


「ウインドエレメンタル・エア」

「わぁ……師匠、その調子です!」

「ははは、強さはいい感じみたいだね」


 意識を集中させ、魔法を発動。

 緩やかな風が手のひらから発生し、ミリナちゃんの方へ吹く。

 感動するような視線を俺に向けながらも、しっかり手を動かし始めたミリナちゃん。

 よし、これで調合は上手く行きそうだ。



「はぁ……はぁ……ミリナちゃん……まだかな?」

「もう……少しです。ん……もうちょっとだけ、耐えて下さい、師匠」

「はぁ……はぁ……くっ……」


 しばらく後、延々と魔法を使い続け、息を切らしながらミリナちゃんの手元に風を送り続ける。

 すりこぎ棒を動かしながら、俺に心配そうな目を向けて来ているが、それに答えられる余裕はない。

 魔法を発動するだけなら、簡単にできていたんだが、持続させる事がこんなに難しいとは思わなかった。

 今では、最初に意識していたように、魔力を少なめという事を考えなくても、自然に弱い風を発生させる分しか魔力を集められなくなっている。


 今は二つ目の調合が終わりそうなくらいだが、残りの調合は休憩を挟んでからの方がいいな……。

 これが魔法を続けて使うという事か……。

 体内の魔力がなくなったという感覚は、全くないんだが、持続させるうちに息苦しさを感じ、今では剣の鍛錬をした時のように汗も滴っている。

 魔力自体がなくなる程の魔法じゃなくとも、持続させ使い続けるというのは、運動をしているのと変わらないのかもしれない。


 成る程な……これが体に対する魔力の作用……なのかもしれないな……。

 この世界では、魔力は体の働きと密接に関係しているのかもしれない……そういえば、セバスチャンさんが、調合する前の薬草で、魔力に作用して元気に……というような事を言ってたっけ。

 この感覚を味わってみると、今まで考えられなかった事だが、多少は理解できた。

 貴重な体験……かな?



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