第355話 アンネさんがおかしな事になりました



「えぇっと……アンネさん?」

「なんですか、タクミさん?」

「それは一体……?」

「これですか? これならば、リーザちゃんに怖がられる事はないでしょう? これで、思う存分、その耳と尻尾に触れられますわ!」

「はぁ……」


 変わり果てたアンネさんの姿を見て、絶句しているミリナちゃんとライラさん。

 その中で、なんとか声を出し、アンネさんに問いかけた俺。

 俺達の様子の意味がわかっているのかいないのか、自信満々に胸を張って言い切るアンネさん。

 ……昨日食堂で行ってたように、やっぱりアンネさんはクレアさんよりも小さいんだな。


 なんて現実逃避をしたり、何が小さいかとかを考えている場合じゃない。

 夜なべをして考えた事がそれなのかという疑問と、そんなにリーザの耳や尻尾に触りたかったのか、という考えが浮かんで来るが、それならレオにもう少し慣れて触らせてもらえばいいのにとも思う。

 なにもおかしな事はない、と言いたげなアンネさんの様子に、後ろにいるクレアさんは頭を手で押さえたまま、また溜め息を吐いた。

 うん、これは溜め息を吐きたくなるのもわかるな。


「さぁ、リーザちゃん! これなら、刺さるなんて失礼な事は言えないでしょう? 私を怖がる必要はなくてよ?」


 入り口から、俺の隣にいるリーザに向かって、ずいと近寄るアンネさん。

 そのアンネさんの縦ロール、その先端は現在、今までのように尖っているとかではなく、3分の2あたりで蝶々結びになっていた。

 髪の毛で蝶々結びなんて、器用な事をと思うと同時に、縦ロール自体を止めていない事に、ただならぬこだわりを感じる。


 ……あれぇ? アンネさんって、頭は悪くないと思ってたんだけどなぁ……。

 俺の勘違い?

 もしかして……いや、この先はあまり考えないでおこう。

 天然とか、常人にはわからない考え方をしているだけに違いない……なんとかと天才は紙一重、とも言うしな。


 アンネさんがどちら側かは、失礼に感じるから、俺にはこの先を考える事はできない。

 伯爵家を調べてる王家の人達が、困ってエッケンハルトさんに任せた理由の一端がわかった気がする。


「ふわぁ、すごい……!」

「そうでしょう、そうでしょう」

「触ってもいいの!?」

「えぇ、いいですわよ。その代わり、リーザちゃんの耳や尻尾も、触らせて下さいませ?」

「うん、いいよ!」

「え、いいのか、リーザ!?」

「んー、変な触り方をされたり、痛くされたら困るけど……そうじゃないなら大丈夫!」


 殊の外、リーザには好評だったようで、さっきまでの怯えていたのも忘れて、アンネさんの蝶々結びになった縦ロールに対し、目を輝かせてる。

 子供が興味を持つものって、よくわからない……。

 俺の後ろで、アンネさんを睨むように警戒していたレオも、その反応に驚いた様子でリーザを見ている。

 レオも俺と同じで、リーザの反応に驚いてるみたいだな。


「えーと……それじゃあ、アンネさん。リーザの耳や尻尾に触れる際の注意点ですけど……」


 リーザが許可をしたのなら、もう俺に止めることはできない。

 方向性はおかしい気もするが、リーザに怖がられないためにこだわりの縦ロールの形を変えたんだ、アンネさんの努力? を尊重するため、クレアさん達にも話した、耳や尻尾に触れる際の注意を伝えた。


「そーっと、そーっとですのよ? 強く触れると、解けてしまいますわ」

「うん……そー……」

「ではこちらも。そー……」


 アンネさんに説明した後、お互い手の届く距離で椅子に座り、向かい合う。

 俺はリーザの後ろに立ち、クレアさんとライラさん、ミリナちゃんは離れた場所に座り、固唾を飲んでこちらを見ている。

 なんで、ちょっと緊張感が漂っているのか……。

 レオは、驚かせたこと以外は問題ないと判断したのか、広い場所で伏せの体勢でのんびりしていた。


 というかアンネさん、その蝶々結び、強く触ると解けるんだ……。

 アンネさんとリーザ、お互いにそーっとなんて言いつつ、リーザはアンネさんの蝶々結びにされた縦ロールへ手を伸ばす。

 アンネさんは、耳をピクピクさせているリーザへと手を伸ばし、耳に触れる。


「にゃふふふ、さらさらだー」

「でしょう? 自慢の髪ですもの。リーザちゃんも、ふかふかで気持ちのいい触り心地ですわよ?」

「「「はぁ~……」」」


 アンネさんに耳を撫でられたリーザは、昨日俺が触れた時のように、何故か猫っぽい声を出しながら、アンネさんの髪を小さな手で触って感心していた。

 自分の髪に触れるリーザに、誇らし気に言った後、耳に触れている手を動かし、浸るような笑顔になったアンネさん。

 その様子を見守る、俺とレオ以外の3人から、何故か溜め息にも聞こえるホッとした息が漏れた。

 いや、お互い喧嘩してたわけじゃないんだし、そこまで緊張して見守らなくても……と思うが、アンネさんが何をするのか、気が気じゃなかったのかもしれない。


 リーザに怖がられず、耳や尻尾に触れるため、アンネさんが何かを考えてる様子なのは知ってたが、さすがに蝶々結びというのは予想外だった。

 突拍子もない事をする可能性がある、という意味では、緊張して見守ってしまうのも仕方ないのかもしれないか。

 何故その中に、最近この屋敷に来たばかりのミリナちゃんも混じってるのかは、わからないが。



「はぁ~、満足ですわ。リーザちゃん、これからも触らせてくれますか?」 

「うん、いいよ。私も、その髪を触らせてね?」

「えぇ、もちろんですわ。私だけでは不公平ですからね。この素晴らしい髪に触れるんですもの、光栄に思うんですのよ?」

「うん!」

「……リーザちゃんは随分、アンネに懐いたようですね」

「そうですね。元々、人懐っこい性格なんだと思います。ただ、イジメられたりする事があって、初対面の人とか、見慣れない人には警戒してしまうんでしょう」


 しばらくの間、お互いの髪や耳、ついでに尻尾を触れあい、笑い合っていたアンネさんとリーザ。

 その様子自体は、美人と少女が触れ合う微笑ましい姿だったんだが、いかんせん縦ロールが蝶々結びだったからなぁ……。

 満足し合った二人は、昨日までの様子は微塵も感じられず、リーザもアンネさんと打ち解けてどころか、しっかり懐いてしまったようだ。

 まぁ、変な事さえ考えなければ、多分悪い人じゃないから、いい……のか?


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