第351話 今日も今日とて薬草を作りました



 リーザがレオやシェリーと話せる事を皆に伝えた後、ティルラちゃんの意識を、剣の鍛錬に向けさせる事に成功したエッケンハルトさんは、セバスチャンさんやクレアさんと食堂を退室して行った。

 ランジ村の薬草畑の事で、話し合う事があるんだろう。

 ただし、クレアさんが食堂を出る時、ティルラちゃんに「剣も大事だけど、勉強も大事だから、しっかりやるのよ?」と念を押された事で、ティルラちゃんの剣への意気込みがみるみるうちにしぼみ、とぼとぼとメイドさんに連れられて食堂を出て行った。

 かわいそうだとも思うが、勉強も大事だからなぁ。


 シェリーはクレアさんの後を焦ってついて行った……ティルラちゃんが勉強するとわかったからだろうと思うが……それを見送るレオの目は鋭かった。

 シェリーに対して、何か考えてるのか?

 リーザの事もあるし、何やらレオが教育的な事に興味を持ち始めてるような……?

 それはともかく、皆がいなくなった後に俺は、セバスチャンさんに渡されたリストを見ようかとも考えたが、まずは薬草作りをと、部屋にリストを置いて、レオやリーザと裏庭へ出た。


「パパ、またあの凄い事をするの? ……ママ、ここ?」

「ワフワフ」

「そうだよ。どうしても、数が足らない物があるからね。この簡易薬草畑のように、一定数を作れるようにならないと、毎日やる必要があるんだよ。……レオ、気持ち良さそうだな?」

「ワフゥ」


 簡易薬草畑の近くで、レオとリーザを連れて『雑草栽培』を使う準備に入る。

 準備と言っても、作る薬草を思い浮かべるくらいで、慣れて来てるから何かを用意する必要もないんだけどな。

 作り慣れた薬草ばかりだし。


 リーザは、レオの背中に乗りながら、首の根本に小さな手を伸ばし、ワシワシと撫でたりしながら俺の方を見ている。

 レオの方は、撫でられて気持ちのいい場所を、リーザに教えながらまったりしているようだ。

 リーザに今からやる事を説明しながら、レオの方にも声をかけてみると、肯定するように息を吐いて鳴いた。

 意思疎通が簡単にできるのだから、気持ちのいい力加減や場所など、指示を出すのも楽そうだな。


「えっと……あぁ、すみません。大丈夫ですよ、そのまま観察していて下さい。じゃあ、俺はこっちで……」


 簡易薬草畑の様子を観察している執事さんに話し掛けながら、少し離れた場所に行く。

 とはいえ、今日作る薬草もある程度は残して経過を見るつもりだから、あまり離れた場所だと観察してくれる人が大変だ。

 だから、簡易薬草畑で今朝よりも育って来ている薬草から、2,3メートル離れた場所で薬草作りを始める。

 今回は昨日の反省点を踏まえて、作り過ぎないように気を付けながら……。


「やっぱり不思議だね。何もない土から、ニョキニョキと生えて来るなんて」

「そうだねぇ。俺も最初見た時は驚いたよ。種も何もないのに、植物が生えて来るなんてなぁ」


 レオを撫でながら、俺が薬草を作る様子を見ていたリーザは、不思議そうに目を丸くしながら、ピクピクと耳を動かしている。

 俺はもう慣れてしまったが、見慣れない人にとっては不思議な事でしかないだろうからな。

 種も何もないはずなのに、植物が生えて来るなんて……日本にいた時の俺だったら、信じなかった事だろう。


「さて、次は作った薬草を摘み取らないとな」

「私も手伝うー!」

「ありがとう、お願いするよ」

「ワゥ……」


 薬草は、多少ラクトスへ卸す予定の物も作りながら、今日は調合する物を多くした。

 ニックに渡す分は、昨日のと合わせれば少し多くなる事になるが、カレスさんなら上手くやってくれるだろう。

 というより、薬草の在庫というかストックとしては、多目にある方がいいのか。

 俺が摘み取るために、作ったばかりの薬草へ近づくと、レオから飛び降りたリーザも手伝うと言ってくれる。


 レオが気を使っているのか、いつもより少しだけ姿勢を低くしているとはいえ、レオから飛び降りてなんともないとは……リーザはやっぱり獣人というだけあって、運動神経は良さそうだ。

 撫でてくれる人がいなくなったからか、レオが残念そうな声を出していたが、後でまたリーザに撫でてもらえばいいからな。

 それに、俺もちゃんと撫でてやるから、今は我慢してくれ。


「ありがとう、リーザ。それじゃあ、昨日と同じように薬草を摘みとってくれるか? あぁ、全部じゃなくて、半分くらいは残してくれよ?」

「うん、わかった!」


 リーザには、昨日エッケンハルトさんと一緒に、薬草の摘み取り方を教えた。

 指示を出し、観察のために半分程残す薬草以外の物を、リーザと一緒に摘み取る。

 昨日教えただけで、もうやり方を完全に覚えてるなんて、リーザは物覚えがいいなぁ……なんて、親バカっぽい事を考えながら、薬草摘みの作業を進めた。



「それじゃ、屋敷に戻ろう」

「調合? もするんだよね? 楽しみ!」

「リーザは、調合するのが楽しいのかい?」

「うん。だって、力いっぱいできるから!」

「そうかぁ」

「ワフワフ」


 摘み取った薬草を、手早く『雑草栽培』で状態変化をして、屋敷へと戻る。

 リーザは、昨日ミリナちゃんと一緒にやった、薬の調合が楽しみなようだ。

 聞いてみると、力を込めてすりこぎ棒を使うのが楽しいらしい。

 レオはリーザの言った理由に納得するように頷いてるな……リーザは、運動がしたいのかもしれないな。


 外に出る事が少なかったレオが、ストレスが溜まって散歩をせがんだり、体を動かしたいと考えるのと同じで、リーザも体を思いっきり動かしてみたい、と考えてるのかもしれない。

 スラムじゃあ、目立つとイジメられる可能性があるから、あまり動けなかっただろうし、この屋敷に来ても、まだ遠慮してる部分があるんだろうしな。

 剣の鍛錬の時にでも、エッケンハルトさんに頼んで、リーザも運動できるようにしてもらうか……さすがに剣を教えるのは早すぎるとは思うけど、走り回ったり、運動をするくらいなら問題はないはずだ。

 そんな事を考えながら、屋敷に戻り、薬の材料となる薬草を渡すために、ミリナちゃんを探した。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る