第338話 薬酒を幾度かに分けて飲むようにしました



「うむ……味は良いとは言えないが、体に力が沸いてくるような気がするな」

「やっぱり美味しい! ありがとうございます!」


 夕食も終わり、リーザが喜んでた事で、ヘレーナさんによるデザートを食べ終えた後、皆で昨日と同じ薬酒を飲む。

 ティルラちゃんとリーザ、レオやシェリーにはブドウジュースだけどな。

 エッケンハルトさんは、グラスの半分程度に注がれた薬酒を飲み干した後、少し渋い顔をしながら体の調子を確かめる。

 リーザは、ブドウジュースを飲んで、満面の笑みで喜びをヘレーナさんに伝えていた。

 一緒に振られる尻尾に、ヘレーナさんは視線を奪われながらも、朗らかに頷いている。


 しかしエッケンハルトさん……飲んですぐ効果がはっきりと表れるような物じゃないと思うんですが。

 プラシーボ効果のような物かな?

 まぁ、確かに体の奥がポカポカするような、若干体温が上がった気はするけれども……これはアルコールのおかげも大きい気がする。


「タクミ様、本日ご用意頂いた薬の量が多く、数日は不足する事がないと思われます」


 薬酒の試飲をした後、ヘレーナさんに薬が足りてる事を報告される。


「そうですか……それじゃ、もう少し量を増やすので、朝や昼にも試飲できるようにしてもらえますか?」

「タクミ殿、1日に何度も飲むのか?」

「はい。薬酒が思った通りの物になっているなら、その方が効果が出やすいと思います。俺の考えでは、1日3回、食前か食後に飲むのがいいかと……さすがに、一度に飲む量は少なくしますけどね」

「ふむ、そういうものか。確かに、量を多く飲む方が効果を実感しやすいか……だが、飲み過ぎる事も良くはないかもしれんな」

「えぇ。なので、一度に飲む量を減らすんです。総量は増えるかもしれませんが、時間を空けますし、酔う事はないと思います」


 俺の知ってる薬酒は、市販の物だ。

 あれは確か、1日3回少量を飲むとかだったかな?

 さすがに車を運転する前とかは飲んではいけないと思うが、この世界に車はないし、飲酒運転というのも存在しないしな。

 ワイングラスの半分程度を、1日3回も飲んだら酔ってしまう可能性もあるし、クレアさんが酔ってしまったら大変だから、量は減らさないといけないけどな。


 時間を空ければ少しはアルコールも分解されるし、量を減らせば酔ったりする事はないだろう。

 別でワインを飲んだりする場合は、気を付けないといけないと思うが。


「それでしたら、本日飲んだ量の半分程度……グラスの4分の1程度でよろしいでしょうか?」

「そうですね、それで大丈夫だと思います。もう少し少なくても構いませんけど、薬の量は足りそうですか?」

「はい。2,3日は大丈夫かと」

「そんなに少なくするのか? もう少し飲みたいと思うのだが……味はまだしもな」

「お酒を楽しむわけではなく、体を健康にしようという物ですからね。多く飲めばいいという物でもありません。調合は、明日以降も量を調節しながらやって行く事にしますね」

「はい、お願いします」

「ふむぅ……そういうものか……」


 ヘレーナさんと飲む量や薬の調合を打ち合わせする中、エッケンハルトさんは量が足らないと思ったようだ。

 こういうのは、適量を飲むのがいいのであって、多く飲めばすぐに効果が出て健康になるという物でもないからな。

 ……ひょっとしたら、魔法とか、魔力に作用とかですぐに効果が出るのかもしれないが……アルコールの過剰摂取は危険だからな。

 もしそれでも足らないようなら、ロゼワインを追加で飲めばいい事だ。

 あっちは、薬酒と違って味も見た目もいい。


 少々物足りない顔をしながらも、一応納得したエッケンハルトさんとは対照的に、クレアさんは少しホッとした様子だ。

 また酔っ払って、醜態を晒す事を警戒したんだろうが、それなら無理に飲まなくてもいいと思うんだがなぁ。


「調合って、今日やったのと同じ事でしょ? 私もやる! 楽しかった!」

「そうかい? じゃあ、お願いしようかな」

「やったー!」


 薬の調合と聞いて、リーザが手を挙げてやりたいと主張。

 ミリナちゃんにも任せてしまってるし、俺がやらないといけない事でもあるんだが、楽しいとまで言われたら断る事はできない。

 結構、腕の力を使って辛い作業だと思うんだが、やっぱり獣人は筋力とかそういう物が、人間とは違うのかもしれないな。


「ヘレーナさん、少し量が多くなりそうなので……俺やエッケンハルトさん以外にも、他の人達が試せるようにはできますか?」

「薬さえあれば、ロゼワインに混ぜるだけなので、簡単な事ですが……どなたに試させるのですか?」

「えぇと、余裕があれば誰でもいいんですけど……とりあえずセバスチャンさんですかね」

「私ですかな?」

「はい。セバスチャンさんなら色々な知識がありますし、冷静に判断してくれそうですから」

「畏まりました。タクミ様にそう言われたのであれば、このセバスチャン。持てる知識を総動員してでもお役に立ちましょう」

「ははは、そこまで大袈裟な事でもないですけどね」


 リーザが頑張るのであれば、薬の量は自然と増える事になるだろう。

 任せっきりはいけないから、俺も作るし、ミリナちゃんも頑張ってくれそうだ。

 薬ばかり増えてもいけないから、ここは薬酒の量を増やして、試飲して試す人を増やすのがいいと思う。

 分析してくれる人は、多い方がいいからな。


 それに、セバスチャンさんなら知識が豊富だし、実感した事や飲んで変わった事等、しっかりと説明してくれそうだしな。

 セバスチャンさん本人が、説明したがる事もあるだろうが……。


「セバスチャンが、私が何かを頼んだ時よりもやる気を見せているのだが……?」

「人徳の差ですね、お父様?」

「私には、人徳がないと?」

「あるとは思いますが……仕事をないがしろにして、護衛も付けずに街へタクミさんと行くような当主とは、対応が違って当たり前かもしれませんよ? タクミさんは、セバスチャンが喜ぶツボも心得ているようですし」

「むぅ……それを言われるとな……」


 セバスチャンさんの、大袈裟なやる気を見て、エッケンハルトさんが腑に落ちない様子で首を傾げた。

 エッケンハルトさんに人徳はあると思うが、クレアさんの言う事ももっともだ。

 まぁ、街へ行ったのは俺も悪い部分はあったんだけどな。



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