第339話 エッケンハルトさんはお酒を飲みたいようでした



 内緒で街へ行った事を言われ、クレアさんに痛い所を突かれた様子のエッケンハルトさんは、納得いかないながらも、考え込む。

 というかもしかして、クレアさんの言うセバスチャンさんの喜ぶツボって、説明させる事だろうか?

 説明してる時は生き生きしてるし、わかりやすく言ってくれるからってだけで、喜ばせようとまでは考えてなかったんだけどなぁ。


 そうして、薬の調合と薬酒を他にも飲ませて試す事を確認し、その場は解散となった。

 最後まで、アンネさんはクレアさんの胸を見ていたのは、視界の隅に入っても、意識しないようにしておいた。

 時折、薬酒の入っていたグラスと、クレアさんを見比べていたような気がするが、薬酒じゃ大きくはならないと思う……多分。



「よし、今日はここまでとしておこう」

「はい、ありがとうございました」

「ありがとうございました」

「ほぇ~」


 食堂での話が終わり、いつもの日課となっている剣の鍛錬。

 今日は、エッケンハルトさんがクレアさん達に連れて行かれる事もなく、無事に参加だ。

 それぞれに素振りを交えながら、イメージトレーニングをするように、想定敵へ向かって剣を振り続けた。

 ある程度続けて、息を整えてからエッケンハルトさんが終了の号令を出した。


 エッケンハルトさんの動きは、やっぱり見事としか言いようがない。

 動きも速いし、なによりしっかりと、相手がどういう動きをしているかわかるくらいだ。

 俺もイメージは慣れて来たが、エッケンハルトさんのように動くにはまだまだだな。

 リーザは、初めて見たエッケンハルトさんの動きに圧倒され、口を開けたまま驚いている。


「タクミ殿、済まないが少し頼みがあるのだ」

「ん、なんですか? また街にとかですか……?」

「いや、さすがにそれはな……まだクレア達に怒られてから、日が浅い。今行ったら数日は口を聞いてもらえないだろうしな。そうではなくてだな……その、以前よく眠れる薬草をくれただろう?」

「あぁ、そうですね。今日もいりますか?」


 以前、疲れを癒すという目的で、エッケンハルトさんに安眠薬草を上げた事があった。

 あの時は確か、よく眠れて目覚めもさっぱりとかで、翌日機嫌が良かったうえにいつもは起きて来ない朝食の席に、エッケンハルトさんも起きて来ていたな。


「うむ。疲れがあるわけではないのだが……朝、起きておかないといけない事ができたからな」

「朝に重要な事が? 何かありましたっけ?」


 俺がランジ村で、薬草を作るという事に関してだろうか……?

 でもあれは、ハンネスさんにも話さないといけない事もあって、すぐに全て決められる事じゃないと聞いたが。


「あるだろう、重要な事が。タクミ殿の作った薬酒だ」

「あぁ、確かにそれもありましたね」


 正確には、俺とミリナちゃんが協力して作った薬を、ヘレーナさんが混ぜて作ってくれた……だけどな。

 俺の作った薬草がなければ、薬酒とはならなかっただろうから、エッケンハルトさんの言う事も正しいのかもしれないけどな。


「ロゼワインは、クレアもそうだが……味も含めて、飲み過ぎてしまう可能性が高いからな。それに今はあまり飲めそうにもないしな。それならば、せめて薬酒を頂こうと、な」


 ロゼワインはクレアさんが以前、あんな事になってしまったため、今は控えようとなったと、セバスチャンさんから聞いた。

 多分、クレアさんが同じ事を繰り返すのを恐れて、禁酒のようになってるんだろう。

 そこまでする必要はないとは思うが、お酒は適量がいいからな……付き合い方を考えるのは悪い事じゃないと思う。

 まぁ、俺が初めて美味しいと思ったお酒でもあるから、少し残念だ……食卓に出さないだけで、俺が言ったら少しは飲ませてくれるかも?


 管理は任せっきりだが、所有は俺になってるのだから、クレアさん辺りがその事を考えていないわけないもんな。

 ……少し心が揺れたが、今はリーザが近くにいるため、隠れてこっそりお酒を飲むなんて、教育に悪いから止めておく事にした。


「そういう事ですか。……そこまで、飲まなければという程の味ではないと思いますが……続けて飲んだ方がいいのは確かですね。わかりました……えっと……どうぞ」

「助かる。味はそうなのだが、酒を飲む事に意義があるのだ。それに、あの後味の悪さも、悪くないと思い始めていてな……」


 エッケンハルトさんに、裏庭の隅に置いていた俺専用の、薬草入れの鞄の中から安眠薬草を取り出し、渡す。

 しかし……あの味が癖になって来ているのか?

 独特の感じがあって、俺は あまり好きになれそうにないんだが……まぁ、これは人によるのかもしれない。

 ビールの苦みが好きという人もいるし、変な味しかしないような物でも、慣れて癖になる人はいるみたいだしな。


「でも、あまりその薬草に頼り過ぎるのは、いけませんよ?」

「そうなのか? 何か、この薬草に悪い効果でも?」

「今のところ、そういう事はないようですけど……自分で起きられるようにした方がいいかな、と」

「……できるだけ、努力はしよう」

「ははは、朝に強くなれるといいですね」


 エッケンハルトさんに苦笑しつつ、裏庭から屋敷の中へと戻る。

 薬草だからと言って、過剰摂取は問題になる可能性があるからな。

 薬の副作用とか、頼り過ぎての依存症なんかの説明は、上手くできる自信もないし、今ここでする事でもないしな。

 とりあえず、エッケンハルトさんの努力に期待しておく事にした。


 ちなみに、裏庭の暗い中、端の方では執事さん達が2人程、簡易薬草畑を見守ってくれていた。

 昼の執事さんとは違うようで、交代しながららしい。

 感謝を込めて、会釈しながら屋敷へと戻った。



「タクミ様、リーザ様のお部屋の用意ができました……が、どういたしましょう?」

「ありがとうございます。ですが、どうしましょうとは?」

「いえ、これまでの様子を見ていて、リーザ様がタクミ様から離れようとはしないのではないかと……」


 エッケンハルトさんやティルラちゃんと、お休みの挨拶をして別れ、部屋に戻りながら風呂はどうした物かと考えていると、ライラさんが来てリーザの部屋の事を伝えられた。

 広い屋敷だから、リーザの部屋を用意するくらいは余裕があるのはわかるが、確かにライラさんの考える事もわかった。



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