第320話 リーザは楽しそうに調合をしました



「んん……! 結構、力がいるんだね」

「うん、そうなんだ。だから、1度やるだけでもわりと疲れるんだよ。もし疲れたら、遠慮せずに言うんだよ?」

「はい! んん……」

「そろそろか。レオ、頼むよ」

「ワフ。ウゥゥ……ガウ」


 椅子に立ち、全身を使って力を入れるリーザに、微笑ましくなる。

 頑張って混ぜているうちに頃合いになったので、ミリナちゃんの様子を見つつ、レオに風を送ってくれるよう頼んだ。

 先程と同じようなそよ風が俺やリーザ、ミリナちゃんの所へ吹き、乾燥をさせ始める。

 さすがにすぐ乾燥はできないが、リーザは頑張って混ぜている……予想より頑張ってるな。


「リーザ、疲れたりしてないか?」

「大丈夫!」


 しばらく混ぜる作業を見守り、さすがにそろそろ疲れて来たかと思い、声をかけたが、元気に答えるリーザ。

 確かにその様子からは、疲れた様子は見えない……さすがに全身を使ってるから、汗はかいているが。

 俺が初めてやった時は、ミリナちゃんも含めてそろそろ疲れが顔に出てたんだがな。

 リーザは体力があるのか?


 もしかしたら、獣人だから……か。

 確か、孤児院で獣人の話を聞いた時は、人間よりも身体能力が高いと言っていたと思う。

 そうすると、リーザはその特徴があるおかげで、俺やミリナちゃんが疲れてしまうこの作業を、苦には感じないという事か。

 いや、さすがに多少の疲れくらいは感じてると思うんだが……まだ子供だし。


「師匠、そろそろ……」

「あ、うん。そうだね、そろそろ良さそうだ。リーザ、ありがとう、完成だ」

「やったー、私にもできたよ!」

「そうだなぁ、リーザは偉いなぁ」

「褒められた! パパに褒められたよ、ママ!」

「ワフ、ワフワフ!」


 リーザの事を考えていた俺は、ミリナちゃんの声で我に返り、すり鉢の中を見る。

 そこには、ちゃんと乾燥して粉末になっている、調合された薬ができあがっていた。

 最後までやり切ったな、リーザ。

 俺が褒めてやると、嬉しそうに椅子から飛び降り、父親に褒められた子供が母親に報告へ行くように、レオの所へ行って抱き着いた。


 そんなリーザを、フサフサの毛で優しく受け止めたレオは、良かったねとでも言うように、リーザの顔を軽く舐めた。

 全然疲れた様子がないな……。


「師匠、ちょっと自信無くしそうです……簡単な調合だから、自信なんてあってないような物かもしれませんけど」

「まぁ、うん。俺もだよ。とりあえず、リーザが元気だから……という事にしておこう」


 ミリナちゃんが、少し落ち込みながら言うのに対し、俺も同意する。

 こんな小さな子に、体力で負けると言うのはちょっと悔しいが……まぁ、それが獣人という事なんだろう。

 ゲルダさんは俺達には構わず、すり鉢の中から薬を回収しながら、レオとリーザのじゃれ合いを微笑ましそうに見ていた。

 ……やっぱり、皆リーザの尻尾が振られてるのが、気になるみたいだなぁ。



「リーザは体力があるなぁ……」


 元気よくすりこぎを使うリーザを思い浮かべつつ、一人で呟きながら屋敷の廊下を歩く。

 次はリーザに負けないようにと、俺がまたやろうとしていたのだが、客間にライラさんが来て、クレアさんが呼んでいるとの事だったので移動中だ。

 リーザはレオと一緒に客間に残してある。

 まだ調合をしたそうにしていたからな。


 俺が離れる事に、少し不安気な顔をしたリーザだが、ミリナちゃんやゲルダさんに多少慣れた事と、レオが残る事で納得してくれた。

 客間にいれば、薬の調合ができるしな。

 リーザにとって、薬の調合を……という事じゃなく、体を動かせる事が重要なようだ。

 ……レオが散歩をせがむように、体を動かすような事をさせた方がいいのかな?


 ちなみに、リーザのすり鉢を支える係は、ライラさんに交代してもらった。

 リーザの世話ができると、ちょっと嬉しそうだった。

 メイドさんだから、世話をするのが好きなのかな……と思ったが、その視線はリーザの耳や尻尾に行っていた。

 順調に、リーザが屋敷内での人気を獲得して来ているようだ。



「どうぞ」

「失礼します」


 そんな事を考えながら、目的の部屋へ到着。

 そこは、以前にも来た事がある執事さん達が仕事をする部屋だ。

 事務室みたいなもんかな。

 入り口の扉をノックし、中から許可されて声をかけながら入る。

 クレアさんに呼ばれて来たが、どうしてこの部屋なんだろうか?


 中に入ると、奥の執務机にクレアさんが座っており、その横にセバスチャンさんが立っていた。

 その机は、セバスチャンさんの執務机かと思ってたんだが……今はクレアさんがいるから、そっちが上位なのか。

 他には、部屋の中に並んでる机には誰もいなかった。

 今この部屋には、クレアさんとセバスチャンさん、それに俺がいるだけだ。


「タクミさん、お呼び立てして申し訳ありません」

「いえ、大丈夫です。……他の人が見当たりませんが、内緒の話ですか?」

「特に秘匿性のある話ではありませんな。たまたま、皆が出ているだけです。……私がここにいる以上、旦那様には誰かが、複数で監視していなければなりませんので」

「昨日、抜け出した事ですね……」

「はい。もうあのような事がないよう、私を含めた執事は、旦那様の監視を強化しております」

「という事は、俺を呼び出したのは……昨日の事での注意、ですか?」


 エッケンハルトさん、説教が終わり、俺の薬草作りも手伝ったのに、監視されているらしい。

 まぁ、思いついたらまた屋敷を抜け出しそうな人ではあるからなぁ……公爵様って何なんだろう。

 とはいえ、一応俺とレオが街に行く時について来ると考えるあたり、計画性がないわけでもない。

 本人としては、もう少し自由にしたいようだが、立場もあるから自分の身を守る事もちゃんと考えてる……というところか。


 ともかく、俺もエッケンハルトさんが抜け出した事に協力した、と見られてもおかしくない。

 実際、途中で合流してそのまま街へ行ったんだから、共犯とも言えなくはないか。

 頼まれたからと言って、承諾したのは俺だしな。

 クレアさんとセバスチャンさんを前にして、俺も説教を受ける事を覚悟した。

 ついに俺も、クレアさん達に怒られてしまうのかぁ……。


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