第299話 衛兵さんに声をかけられました



「ではな、世話になった」

「いえ。公爵様、いつでもお越し下さい。タクミ様も」

「はい、ありがとうございました。ほら、リーザも」

「はい……ありがと……ございました」

「はい。リーザも、また遊びに来てね?」

「……はい!」


 孤児院の入り口で、アンナさんに挨拶をしてその場を離れる。

 挨拶の時、リーザに促すと、ちゃんとお礼を言えた。

 ちょっとたどたどしいが……このくらいの年ならこんな物だろう。

 むしろ、スラムという場所にいて、こういったお礼が言えるのだから、リーザを拾ったお爺さんはちゃんとリーザの面倒を見ていたんだろうなと思う。


「ワフ? ワフワフ」

「ん? そうだな。リーザ、レオに乗るかい?」

「……いいえ、大丈夫……です。このまま歩き……ます。手を繋いでるの……気持ち良いから……」

「そうか。わかったよ。でも、疲れたらレオに乗せてもらうんだよ?」

「はい……わかりました」

「ふふ、タクミ殿。本当にリーザに懐かれているな……」


 孤児院から離れ、屋敷へ帰るために西門へと向かっている途中、レオが首を傾げながら俺とリーザを窺う。

 自分の背中に乗らないかと考えたようだが、リーザは俺と手を繋いで歩く事を選んだ。

 ちょっとレオは残念そうだったが……どうせ、街を出たらレオに乗る事になるんだから、少しの我慢だぞ。

 エッケンハルトさんは、そんな俺達の様子を朗らかに眺めてた。

 ……布で顔が半分くらい隠れてるから、何となくそんな雰囲気に見えるだけだけどな。



「ちょっとよろしいでしょうか?」

「はい?」

「ワフ?」

「む?」

「……?」


 もう少しで、ラクトスの大通りというところまで来た時、横から数人の衛兵さん達が現れ、そのうちのひとりが俺達に声をかけて来た。

 ……こんなところで声をかけられるなんて、どうしたんだろう……?

 レオの事は、衛兵さん達はほとんど知っているはずだし……。


「街の中に魔物が出たとの報告がありましたが……」

「魔物……?」

「ワフ?」


 衛兵さん達の視線は、レオの方へお向いている。

 確かにレオはシルバーフェンリルだから、魔物という事は間違ってないと思うが……。

 ラクトスの一部の人達と、衛兵さん達はレオが人を襲う魔物では無い事をわかってくれてると考えてた。

 ……誰かが、レオを見て怖がり、衛兵さんの所へ通報したんだろうか?


「大きな狼……銀色の毛……シルバーフェンリル。レオ様ですね? という事は、貴方がタクミ様ですか?」

「え? あ、はい。そうですけど……」


 俺達に声をかけて来た衛兵さんは、レオを確認してこの事に気付いたようだ。

 エッケンハルトさん達が、衛兵さん達へ通達してくれてたんだろう。

 俺とレオが一緒にいる事で、納得してくれてる様子だ。


「失礼しました! 魔物が出たとの報告で、急ぎ捜索したのですが……レオ様とは……」

「いえ……誰かがレオを怖がって、衛兵さんに伝えたんでしょう」

「公爵家の者だとわかって安心しました。……ですが……そちらは……?」


 衛兵さんは報告にあった事が、俺とレオだとわかってすぐに頭を下げてくれた。

 まぁ、別に怒ってはいないから良いんだけどね。

 ともあれ、衛兵さん達の視線はエッケンハルトさんとリーザの方へ向く。

 リーザは複数の大人に見られて、俺の足の後ろへ隠れてしまった……手は繋いだままだ。


「確か……報告では、不審な男が魔物を連れ、少女をスラムから連れ去ったと……」

「あぁ……魔物に女の子が攫われたと思ったんですね」

「むぅ……リーザに怖がられた次は、不審人物扱いか……」

「そちらの男性は?」


 スラムから連れ去ったと言われてるって事は、通報したのはスラムの人かもしれないね。

 もしかしたら、リーザをイジメてた人達かもしれないが。

 あの時、魔物だーって大きな声で叫んで逃げたしなぁ。


 エッケンハルトさんの方は、布で顔を隠してるから見方によってはそう見えなくもないが……本人は不服そうだ。

 顔を出せば髭のせいでリーザに怖がられ、顔を隠せば不審人物扱い……ちょっと不憫だ。

 目つきは鋭いし、服装は簡素、さらに大柄で街中で顔を隠してる……と考えればその扱いにも頷ける。

 他に顔を隠して街の中を歩いてる人は、見かけないしなぁ。


「はぁ……仕方ない。私が話して来よう」

「ははは、お願いします」

「おじさん、どこか行く……んですか?」

「この人達とちょっと話して来るだけだよ」


 エッケンハルトさんが溜め息を吐きながら、衛兵さん達の方へ。

 リーザはその様子を見て、俺におずおずと聞く。

 顔を隠してたら、エッケンハルトさんの事は大丈夫なんだな。

 まぁ、俺と一緒に助けに入ったから、怖い人だとは思わないんだろう。

 顔を出して髭を見たら、それが同一人物だとは頭の中で考えられなかったようだが……。


「ほら、これでわかるだろう?」

「!? こ、公爵様!? た、大変失礼しました!」


 エッケンハルトさんが、リーザからは見えない位置で布を外し、顔を衛兵さん達に見せる。

 それを見た衛兵さん達は、驚きながらもすぐ謝罪し地面に膝を付く敬礼をした。

 ……リーザに見えない位置なのは、髭を見られて怖がられないためだろうなぁ。


「うむ。まぁ今日は特に護衛も連れていないしな。顔も隠していて私とわからないようにしていたのだから仕方あるまい」

「は!」

「それでだがな……」


 離れた場所で話すエッケンハルトさんは、少し声を潜めて衛兵さん達と話し始める。

 声が小さくなったから、あんまり聞こえないけど……なんとなくスラムとか孤児院って漏れ聞こえて来るから、起こった事を教えてるんだろう。

 リーザを孤児院に連れて行く時、大勢に見られてただろうから、その説明も必要なのかもな。

 レオは目立つから、誰にも見られないよう行動するのは無理だしなぁ。


「ん?」

「どうしたの……しましたか?」

「いや、何でも無いよ。気にしないで」


 俺が漏れ聞こえて来る声を聞いてると、スラムを……とか、見回りを強化……とか街の雇用を……等々の事が聞こえて来た。

 それに反応したら、リーザが首を傾げて見上げて来たので、何か起こったわけじゃないと安心させておく。

 多分、スラムを直に見て、その対応を衛兵さん達に伝えてるんだろう。

 リーザと同じような事がないように、という事の他に、街としてスラムを何とかしようと考えているんだろうな。



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