第285話 日本食っぽい食べ物は色々ありました



「でも、エッケンハルトさん。ヘレーナさんに作らせるにしても、あのソースを再現しないといけません」

「ふむ、そうなのか?」

「はい。味の決め手というか……全てはヤキソバにかかっていたソースのおかげですから」

「先程の店主に、作り方を教えてもらうのは……」

「さすがに、味の秘訣を教えてくれる事はないと思いますが……」

「そうだな……。権力を使えば何とかなるだろうが、それはしたくないしな」

「はい」


 エッケンハルトさんが本気になれば、公爵家という権力を使って、あの店主からソースの事を聞き出せるだろう。

 だけど、以前クレアさんが言っていたように、公爵家は強権を使う事をよしとしない家風だ。

 無理に聞き出す事はないだろうし、この人達はそれをしようとは思わないだろうな。


「街の者達も、中々侮れんな……よし、他にも何か良い物が無いか探すとしよう」

「そうですね、色々と掘り出し物が見つかるかもしれません」

「ワフ!」


 ちょっと違うが、ほぼ日本食のような物が見つかったんだ、他にも何かあるかもしれない。

 ラクトスに来た目的を忘れて、食い倒れのようになっているが……まぁ、良いか。

 俺もレオも楽しんでるしな。

 というより、一番楽しんでる様子のエッケンハルトさんを止める事ができなさそうだ。



「ふぅ……結構歩いたな」

「そうですね」

「だが、この街にも色々な物があるという事がわかったな」

「はい。人の出入りが多い街だからか、色んな屋台がありましたね」


 ヤキソバを食べてから、他にも何かあるのかと大きな通りをエッケンハルトさんと一緒に歩いた。

 今は、腹も膨れて休憩するために、大通りから離れた場所にある、人通りが少なめの所にあったカフェにいる。

 オープンカフェになっているので、店の中に入れないレオも、俺とエッケンハルトさんが座っているテーブルの近くにいる。

 このカフェは、カレスさんの店で薬草を販売した時に、レオと触れ合った子供の親がやっている店らしく、レオが来た事を歓迎してくれた。

 あの時のおかげで、レオが危険ではないと理解してくれていたようだ。


「ワフガフガフ……」

「レオ、落ち着いて飲めよ?」

「ガフガフ……」


 俺の声が聞こえているのか、聞き流しているのか……用意してもらった、大きめのバケツいっぱいに入った牛乳を勢いよく飲むレオ。

 わざわざ用意してもらってありがたいと思いつつ、俺とエッケンハルトさんに出されたお茶を飲んで一息。

 食べてる時もそうだったが、エッケンハルトさんの顔を隠す布は、頭と顎を中心に巻かれており、それだけで隠せてるのか少し心配だったが、何とかなっている。


 顎髭とあまり整えて無さそうな髪が隠されて、美中年のように見える顔しか見えないから、大丈夫なのかもしれない。

 エッケンハルトさんを見る時、まず目が行くのが髭とかだから……バレないのかもしれないな。


「中々面白い食べ物もあったな。あれは……」

「そうですね」


 お茶を飲みながら、さっき食べた屋台の物を思い出す。

 焼き団子もあれば、塩鮭を焼いて出してるところもあった。

 焼き鮭の皮を食べながら、エッケンハルトさんは酒が欲しい……とか呟いてたな。

 他にも、うどんっぽい太めのパスタ麺を、昆布の味が懐かしい汁に入れて出しているところもあったな。

 から揚げもあったなぁ。


 なんだか、こっちでも結構日本食が食べれるとわかって、俺も上機嫌だ。

 まぁ、完全に同じ物ではなく、何となく似た物……のような感じで、一味足りないようにも感じたけどな。

 でも、ここに来てもう食べられないかも……と思っていた物の近い物が食べられるだけで満足だ、贅沢は言うまい。


 できればどこかに、米があると嬉しいんだけどなぁ……。

 やっぱり、日本人は米で育ってるから、それを探してしまうのは仕方ない事だろうと思う。

 今回は見つからなかったけど、今度来た時も探して見るつもりだ。

 俺の『雑草栽培』だと、農作物の栽培は駄目だから、米の栽培はできないだろうしなぁ……。


「今日は感謝するぞ、タクミ殿。おかげで楽しく街を見て回れた」

「いえいえ、俺も楽しいので、気にしないで下さい。まぁ、ほとんど食べてばかりでしたが」

「考えてみればそうだな」


 ラクトスに来てすぐ、カレスさんの店に行った以外は、ほぼ屋台を回っているだけだった。

 大きな通りで、人が行き交う数は多かったから、レオを見慣れさせる……という目的の方は十分だっただろうけど。

 もう少し他にも見た方が良かったかな?

 まぁこれは、後日ってところだろうな。


「あぁそうだ、タクミ殿」

「はい?」


 お茶を飲み、レオの様子をみつつも、街並みに目を向けていた俺に、エッケンハルトさんが改まって声をかけて来た。

 何を急に……と思い、そちらに顔を向ける。


「近々、私はランジ村に行くつもりだ。ワインの事もあるしな。村の者には何も罪はない事と、魔物に襲われた事に対する慰労も兼ねてな」

「そうですか。ランジ村でワインがまた作られるようになるなら、良い事だと思います」

「うむ。ロゼワインの販売や、ブドウの仕入れに関しても、村長と話をしてみたいしな」

「そうですね……ですが、あまり仕事ばかりにしないで下さいね?」

「うん? それはどうしてだ?」

「えっとですね……」


 ランジ村を離れる前、ハンネスさんと話していた事を思い出しながら、エッケンハルトさんに伝える。

 ワイン作りに夢中になるあまり、子供達の相手をろくにできなかった……という事だ。


「ふむ……そうだな……子供は国の宝だ。子供をないがしろにするのは良くないな。わかった。働き詰めで子供に影響が出る事は無いようにすると約束しよう」

「すみませんが、お願いします」


 エッケンハルトさんにお願いしたのは、子供相手の事もあるが、少し俺の過去も関係してるかもしれない。

 お金を稼ぐ必要があるとはいえ、働いてばかりで、他の事が全くできないという状況は、人間にとって良い事とは言えないからな。

 誰かが倒れるまで働く……なんて状況にはしたくないからな。


 疲労で頭が鈍り、精神的にも追い詰められて……なんて事を、あの村の人達に経験はさせたくない。

 まぁ、そこまでの事はさすがにエッケンハルトさんが許さないだろうし、村人達もしないだろうがな。


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