第266話 薬草の調合に取り掛かりました



「結構、力がいるのですね……」

「そうだね。薬草をしっかりすり潰す必要があるからね」


 すりこぎで薬草をすり潰すのに、ミリナちゃんは少し苦戦しているみたいだ。

 薬草は1種類以外は葉っぱの状態なので、これらをしっかり潰す必要があるからな……割と力作業だ。

 ミリナちゃんの細腕には、ちょっとしんどい作業でも、剣を振り慣れて来た俺にはそこまで苦労はなかったけども。

 まぁ、ミリナちゃんにはおいおい慣れて行ってもらおう。


「あ、段々とペースト状になって来ました」

「ふむ。本だと、この状態から乾燥するまで混ぜ続けるとあるけど……この状態だとどうなんだろう?」

「どうなんでしょうか……?」


 すり潰した葉っぱに残っていた水分で、完全に粉末にはならず、今俺とミリナちゃんのすり鉢の中には、ペースト状になった物がある。

 薬草自体は混ざった事になってるが、本には乾燥させて完全な粉末になるまで混ぜる事と記されていた。

 ……結構、時間がかかるものなんだな……。


「ワフ?」

「レオ、どうした?」

「ワフ、ワフ」

「味見してみろって? でも、本には乾燥するまでと書いてあるんだけど……?」


 俺と一緒に客間まで来たレオが、後ろからすり鉢の中を覗いて鳴く。

 ティルラちゃん達と遊んでいても良かったんだが、レオは薬の知識に興味があるみたいだからな。

 興味津々に、俺とミリナちゃんがする作業を見ていた。

 そのレオの指示か……ワインの時、匂いだとか気配で選別してた事もあるし、従ってみるか。


「じゃあ、ミリナちゃん。ちょっとだけ味見してみよう?」

「大丈夫でしょうか? 失敗してたりしたら……」

「まぁ、味がどうなっていても、体が悪くなるような事はないと思うよ。そういう薬草じゃないしね」


 栄養を含んだだけの薬草だから、味が酷い事になっていても、さすがに体に支障をきたす事はないだろう。

 栄養を取り過ぎて……とかはもしかしたらあるかもしれないが、今回は少しだけだしな。


「少しだけ……ん……」

「……ん」


 ペーストになった薬の端の方に少しだけ指を触れさせ、それに付いた物を舐める。

 俺の様子を見ていたミリナちゃんも、恐る恐る同じようにし、自分のすり鉢から薬を指に付けて舐めた。


「っ~!」

「し、師匠! っ~!」


 三種類の薬草が混ざったはずなのに、舐めた薬は、酸味が凄くきつくなっていた。

 二人して口をすぼめ、顔を見合わせて酸っぱさに耐える。

 酸っぱい梅干しを味わってる感覚だ……後から後から唾が口の中に溢れて来る。

 ……梅干しを食べた事のある俺はまだしも、食べた事が無いミリナちゃんにとっては衝撃だろうな……。


「ワフ?」

「……いや、レオ。この味は駄目だ。酸っぱ過ぎて、とてもじゃないけどこのままじゃ食べられない」

「ワフゥ……」

「レオ様……口の中が酸っぱいです……」

「……どうぞ」

「ありがとうございます」

「……ゴク、ゴク……すみません……はぁ」

「いえ」


 俺達の様子を見ていたライラさんが、さっとお茶を用意してくれる。

 それにお礼を言いつつ、俺とミリナちゃんはお茶を飲んで口の中を洗い流す。

 俺達の様子と、ミリナちゃんの言葉を受けて、レオは失敗したかぁ……と言いたそうに落胆する。

 さすがにレオでも、味までは想像できなかったのかもしれないな……。


「師匠、これは……失敗ですか?」

「いや、失敗とまでは言えないだろうけど……さすがにこのままだとちょっとね」


 ヘレーナさんやセバスチャンさんと味見をした時よりも、きつい酸っぱさだった。

 どうしてそうなったのかはわからないが、混ぜる事によって酸味が増幅されたのかもしれない。

 不思議だ……。


「とりあえず、本の通りに乾燥するまで混ぜ続けてみよう」

「わかりました。味が変わるとは思いませんが……やってみます」


 味の面では失敗かもしれないが、効果の面ではまだわからない。

 さすがにこのままワインに混ぜる事はできなさそうだが、一応本に書かれている通り、乾燥して粉末になるまでやってみようと思う。

 ミリナちゃんの言う通り、味が変わるとは思えないけど……初めての調合だから、ちゃんと最後までやってみよう。


「師匠、腕が疲れてきました……」

「調合は、結構疲れる作業だね……」


 すり鉢にある薬を、すりこぎを使って混ぜる事しばし……さすがに腕が疲れて来た。

 鍛錬をしている俺でもこうななのだから、ミリナちゃんの方はさらに辛いだろうと思う。

 それでも、なんとか頑張って手を止めないのは偉い。


「ワフ?」

「ん、レオ?」

「レオ様?」

「ワフワフ」

「本を? えっと……あ」

「どうしたんですか、タクミさん?」


 レオが開きっぱなしにしていた本を除いて、何かを伝えて来る。

 その声に従って、本を見てみると……「乾燥させる作業は一人では時間がかかるため、二人以上で風を当てつつ作業をする事で、時間を短縮させる事ができる」と書かれているのを見つけた。


「ミリナちゃん……風を当てながらやると早いみたいだ……」

「……そうなのですか?」


 風を当てながら混ぜるという作業は、酢飯を作る作業を彷彿とさせたが、確かに風を当てた方が乾燥は早くなるだろう。

 ミリナちゃんは想像できないのか、首を傾げてるけど……まぁ、そういう知識が無ければわからなくても仕方ないか。


「ワフ!」

「レオ? おぉ、風が……」

「レオ様、凄いです!」

「……シルバーフェンリルの魔法ですね。このような事もできるのですか」

「ワフゥ」


 俺達の様子を見ていたレオが、急に一声吠えた後、そちらからそよ風が発生し、俺とミリナちゃんの手元へと吹いて来た。

 ……こんな事もできたんだな。

 ミリナちゃんも、ライラさんもレオの魔法に驚き、そんな様子を見てレオは自慢するような仕草。


「気持ちいい風ですね」

「そうだね。おっと、手を動かさないと。レオ、ありがとうな」

「はい」

「ワフ」


 レオから吹いて来る風を感じつつも、手を止めずにすりこぎで混ぜ続ける。

 魔法を使ってくれたレオに感謝をして、風に当てながら混ぜる事しばし……ようやくペースト状だった薬が、粉末になって来た。

 順調に乾燥して来たようだ。

 ほとんど粉末になったから、そろそろかな?



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