第267話 調合が終わりました



「……そろそろですかね?」

「んー、そうだね。そろそろ良いかな? レオ、もう大丈夫そうだ」

「ワウ」


 調合を開始して、結構な時間が経ったように思うけど、ようやく完全に粉末になってくれた。

 レオが風を発生させてくれなかったら、もっと時間がかかってただろうなぁ。


「黒いね……」

「黒いですね……」

「ワフ?」


 すり鉢の中には、混ざり合った粉末状の薬。

 それは色が混ざり合た結果なのか、効果が混ざった結果なのか……黒い粉末がそこにある。

 ミリナちゃんと顔を見合わせ、二人でそれぞれの薬を少しだけ取り、口に含んでみる。


「……ミリナちゃん……」

「タクミさん……」

「酸っぱさがほとんどない!」

「はい! ほとんど味がありません!」

「ワフ!」


 口に含んだ薬は、ペースト状なっていた時とは違い、酸っぱさがほとんど感じられない物になっていた。

 あの酸っぱさはどこへ……と疑問に思うが、もしかしたらこれが調合という事なのかもしれない。

 魔力とかあるし、乾燥する中で色々と変質したんだろう……と考えておこう。

 俺とミリナちゃんが驚いてる様子を、レオが喜ぶように吠える。

 レオも嬉しいんだろう。


「ライラさんも、少し試してみて下さい。レオも」 

「はい、わかりました」

「ワフ」


 少しだけ、ライラさんとレオにも味見をしてもらう。


「少しだけ酸っぱさを感じますが、これならワインの味を邪魔する事はないでしょう」

「そうですね。良かった……」

「はい。あの酸っぱさのままだったらどうしようかと思いました」

「後は効果がどうか、だね……」

「ワフ? ワフワフ、ワフ」

「ん、レオ。わかるのか?」

「ワフ」


 味はライラさんのお墨付きをもらって、後は効果がどうなったかだけだ。

 効果がちゃんと混ざった後も残っているのなら、この調合は成功で、この方法を使えば良いが、もし失敗なら、他の調合方法を試してみないといけない。

 味と効果の両立って難しいな。

 そう考えていると、味見をしたレオが俺に何かを伝えて来る。

 えーと何々……どんな効果かはわからないけど、三種類の薬草の効果が損なわれずに残ってる……?


「そんな事までわかるのか、レオ?」

「ワフ!」

「タクミ様、レオ様はなんて言ってるんですか?」

「レオには、薬草の効果……薬としての効果がちゃんとあるって言ってるんだ。シルバーフェンリルってそんな事までわかるものなのかな?」

「凄いです! さすがレオ様です!」

「シルバーフェンリルなら、そういう事がわかってもおかしくないかと」

「そうですね……ワインの判別もできるようですし……」


 どうだと言わんばかりのレオだが、そんな事までわかるのか……レオ。

 まぁ、滋養強壮の薬草は魔力にも作用するらしいから、もしかしたら栄養素自体も何かしらの影響があるのかもしれない。

 シルバーフェンリルであるレオは、そういった部分に敏感なのかもしれないな。


「それじゃあ、これは成功という事か?」

「ワフ」


 俺の言葉に頷いて答えるレオ。


「調合方法は間違っていなかったんですね!」

「そうみたいだね。良かったよ、基本的な調合で成功できて」


 レオの返答に喜ぶミリナちゃん。

 今回の調合が失敗だとすると、他の方法を試さないといけなかったところだ。

 色々と方法はあるようだが、まだ知識を学び始めた俺達には難しい物も当然ある。

 さすがに、全ての調合法を試す事はできそうに無かったからな……一番基礎的で、簡単な方法が成功して良かった。

 時間と労力はそれなりに掛かるけど……。


「成功したのですね。それでは、残りの薬草はミリナに任せてはいかがでしょう?」

「ミリナちゃん一人にですか?」

「はい。タクミ様は、ヘレーナさんに出来上がった薬を渡す事と……他にもやる事があるようなので……」

「えーっと……まぁ、はい」

「私一人で、ですか……」


 俺達の様子を見て、成功したと判断したライラさん。

 まだ使っていなかった薬草は、全てミリナちゃんに任せる方針のようだ。


「……数も多くないから、良いのかな? 大丈夫、ミリナちゃん?」

「……なんとか……頑張ります!」

「風を送る役目は、私が補助しますので」


 ミリナちゃんに聞くと、少しだけ躊躇したようだが、すぐに頷いてくれた。

 多分、数からして2回程調合したら良いだろうから、ライラさんが手伝うのなら大丈夫、かな?


「でもライラさん、補助って……魔法ですか?」

「いえ、風を送るだけなら、魔法でなくとも可能ですから」

「あー、確かにそうですね」


 風を送るだけなら、魔法でなくても紙を使ったりすれば簡単にできるか。

 時間はかかるだろうが、強い風でなくても良いのなら、誰でもできる事だろうしな。


「それじゃ、すみませんがお願いします。これはヘレーナさんの所に持って行きますね」

「はい。よろしくお願いします」

「師匠、お願いします!」

「ミリナちゃんも、よろしくね」

「ワフ」


 俺が使っていたすり鉢を持って、立ち上がる。

 ミリナちゃんとライラさんは、残ったすり鉢から薬を移し替え、新しく調合を始める準備をしている。

 二人に後の事は任せ、レオを連れて客間を出て厨房へ向かった。


「失礼します。ヘレーナさん……忙しそうですね?」

「あぁ、タクミ様。申し訳ございません、只今昼食の仕上げに入っておりますので!」

「あぁ、手を止めなくて大丈夫ですよ。ヘレーナさんに、昨日話したワインに混ぜる薬草を調合した物ができたと伝えて、これを渡して下さい」

「畏まりました!」

「邪魔したら悪いので、これで。レオ、行こう」

「ワフ!」


 厨房に来ると、そこは昼食の準備で忙しそうにしているコックさん達がいた。

 以前と同じく、忙しい時間に邪魔をしてしまったようだ。

 俺に気付いた、近くのコックさんに言伝を頼み、開いている場所へすり鉢を置いて、退室した。

 ここにいても、俺は邪魔になるだけだろうしな。


「さて、やる事は終わったけど……どうしようか?」

「ワフ? ワフワフ」

「そうだな。先に食堂で待っていれば良いか。もうすぐで昼食が出来上がりそうだったし、わざわざ移動して俺を呼びに来るのも手間だろうし……」


 剣の鍛錬は昼食後だしと、やる事が無くなった俺が呟くと、レオが先に食堂で待っていればと鳴いた。

 多分、厨房で料理から漂って来た匂いを嗅いで、お腹が空いたんだろう。

 先に食堂に行っても、早く食事ができるわけじゃないが、待ちきれない気分は何となくわかる。

 わざわざ誰かを使って、俺を呼びに来る手間も省けるだろうし……という事で、楽しそうに尻尾を振るレオを連れて食堂へと向かった。



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