第256話 アンネさんの部屋を訪ねました



「……ど、どうぞ」

「失礼します」


 そんな事を考えているうちに、アンネさんの方の準備が整ったらしい。

 中から許可がおりる声がしたので、俺は扉を開けてアンネさんの部屋に入った。

 ……緊張からか、足が絡まりそうだったので、入る直前に深呼吸して落ち着いた雰囲気を出すように心がけた。


「アンネさん、大丈夫ですか?」

「大丈夫と、私の誘いを断った本人から聞くとは思いませんでしたわ」

「ははは、それもそうですね」


 アンネさんの部屋は、少しだけ家具類の配置が違うだけで、俺に用意された部屋とほとんど間取りは一緒だった。

 俺の部屋やアンネさんの部屋がある区画は一緒だから、屋敷にお客さんが来た時のための部屋なんだろう。

 もしかすると、エッケンハルトさんの連れて来た護衛さん達も、同じような部屋に滞在してるのかもしれないな。

 そんな事を考えたが、今はアンネさんの事だ。

 アンネさんは、ベッドに腰かけ、こちらにうろんな目を向けている。


「見る限りは、元気そうですね? ずっと部屋にこもって出て来ないようなので、心配しましたよ」

「体におかしな事はありませんわ。貴方に断られた事を、ずっと考えていたんですの」

「俺に断られてから、ずっとですか?」

「当然ですわ。私が知っている人は、貴族というだけでへりくだり……チャンスがあれば自分もその地位に……と考える人ばかりでしたもの。貴方のような人は初めてですわ」

「まぁ、俺はちょっと他の人とは、感性がずれてるかもしれませんね」


 元々、この世界とは別の場所で生まれ育ったんだから、感性が違うのは当然だろう。

 貴族制度……というのがまだ、よくわかってない部分も大きいかもしれないけど。

 とりあえず、アンネさんの方は悩んではいるようだけど、これだけ話せるのなら心配はいらないか……。

 ずっと部屋にいて、身繕いをしていないせいか、腰までだった縦ロールには元気がなく、所々ストレートになって床に届きそうだ。

 ……元々ストレートな髪を、縦ロールにしてるのかな?

 今もロールしてる部分は、俺が入ってくる前に慌てて整えようとでもしたのかもしれない。


「殿方にこのような姿を見られるなんて……この屋敷に来てから良い事はありませんわ……」

「ははは、それはアンネさんがちゃんと身支度を整えて、部屋から出て来ないからですよ?」

「私が部屋から出られない原因を作った、貴方には言われたくありませんわ……」

「俺ですか? ははは、レオが怖くて出られないと思ってましたが、違いましたか」

「違いますわ! 例え相手がシルバーフェンリルとは言え……私が魔物を怖がるなんて、あり得ませんわ!」

「そうですか……でしたら、レオを呼んで来ましょうか? レオも遊び相手が欲しいでしょうし……」

「そ、それはお断りしますわ!」


 俺の提案に、慌てて断るアンネさん。

 俺の方も、自分が原因という事はわかってるんだが、だからと言って、断った事を謝るのは違うと思うしな……。

 それはともかく、本当にアンネさんがレオを怖がっていないのなら、連れて来るのも良いかもしれないが……慣れないと大きな体の狼とか……女性が怖がっても仕方ないか。

 エッケンハルトさんでも怖がってたしな……そう考えると、初めて会った時から怖がってなかったクレアさんやライラさんは凄いと思う……クレアさんは、オークに襲われてるところを助けた、というのが大きいのかもしれないが。


「まぁ、レオの事は置いておいて……部屋に閉じこもって悩んでも、答えは出ないかもしれませんよ?」

「……どうしてですの? 私は今まで、一人で考えて来ましたわ。お父様に提案した事も、全て一人で考えて来ましたわ」

「んー、だからあんな提案が出来たんですね。……納得です」

「? 何を納得されたんですの?」

「いえ……頭が良いのはわかりますが……一人で閉じこもって考えたから、あんな提案ができたのだと……」


 魔法具を使い、ワインに病の素を植え付けて、それを飲んだ人達に病を広げる。

 それと同時に、薬草を前もって買い占める事で客独占、かさましをする事で利益率を増やす……全ての事を一人で考えたのなら、確かに頭は悪くないのだろう。

 だが、部屋に閉じこもり、一人で考える事で人との繋がりを絶ってしまう事になる。

 そうして、考えたことがどれだけの迷惑を被るかを考えず、利益を得る事だけになってしまったんだろう。


 この世界には、部屋にいても人と話せるツールだとか、情報を集められるインターネットなんてないしな。

 一人で部屋にいる限り、世話をされる人がいるとしても、結局独りぼっちだ。

 絶対ではないし、アンネさんを見ていてそう感じただけだが、一人で部屋にこもってるから、一人よがりな考えをしてしまったのかもしれない。


「閉じこもっている事が悪いんですの? でも、一人の方が雑多な情報が入る事がなくて、考えがまとまりますのよ?」

「一人の方が集中できる……というのはわかりますが……最低限、人との繋がりは作るべきです。でないと、またろくでもない提案をして、アンネさんのお父様のように、エッケンハルトさん達に潰されてしまいますよ?」

「……人との繋がり……それが重要だとは考えられませんわ」

「今はそうでしょうねぇ……」


 偉そうに言ってるけど、俺にも少し覚えがある。

 アンネさんのような提案をしたわけじゃないが、仕事ばかりで人との繋がりが希薄になってたなと、この世界でクレアさん達と接して来た今なら、そう思う。

 友人や恋人、親や兄弟、誰かと繋がりがある事で、誰かの事を思いやる事ができるようになる……と俺は思ってる。

 誰とも関わらないようにして、一人で考えていれば、人への思いやりはなく、人を害するような提案を思いついてしまうんじゃないかな?


 アンネさんの発言を思い返すと、一応の接触はあったんだろうが、父親の事でさえ他人事のように言ってる節もあったしなぁ……。

 父親を父親とも思ってない、とまでは言わないが、多少なりとも馬鹿にしてるような言動があったのは確かだ。


「権力と、それを使う者がしっかりしていれば、人は付いてきますわ」

「んー、それも権力者として一つの答えなのかもしれないですが……それだと、俺のように誘いを断る人がまた出ますよ?」



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