第255話 薬草の味を確認しました



「さて、頂きましょうか」

「今回も分けているので、効果は大きくないでしょうが……」

「あまり数を作りませんでしたから」


 3種類ある薬草をいくつかに分け、それを厨房にいる皆で試食をする。

 セバスチャンさんやヘレーナさんだけでなく、興味深そうに話を聞いていた他のコックさんもだ。

 味の確認なので、それができれば効果は今特に必要も無いから、小さく分けて全員に行き渡らせた。


「では、頂きましょう」


 セバスチャンさんの言葉で、一斉に薬草を食べ始める。

 まずはタンパク質の薬草……これはなんだろう……苦みも感じるような気もするし、甘みも感じるような気もする……色んな味が混ざり合って、これ! という味にまとまらない。

 不味いと言えないが、美味いとも言えない、何とも不思議な味だ。


 次に鉄分の薬草。

 これはさっきの薬草と違ってわかりやすい。

 ほとんど血の味だ。

 軽い怪我をして、血が滲んだ時に口に含んだ時に広がる味と匂いそのものだ。

 鉄分なのだから、納得できる味だ。


 最後に、ビタミンの薬草。

 柑橘系の匂いがするから、ちょっと躊躇しながら口に入れた。


「こ、これは、なんとも、酸っぱい物ですな……」

「そうですね……果物の酸っぱさ? いえ、他にも何か感じるような……」

「唾が止まりませんね……」


 簡単に言うと、レモンと梅干を混ぜて齧ったような味……。

 甘みとかを感じる事も無く、ただただ酸っぱい。

 ヘレーナさんは、酸っぱさ以外にも何かを感じてるようだけど、クエン酸が多く含まれてるのか、俺には酸っぱさしか感じない。

 クエン酸とビタミンは関係無い……とは聞いた事があるけど、まぁ、『雑草栽培』で作った薬草だから色んなビタミンが豊富に含まれてる……よな?


 柑橘系の匂いがしてたから、酸っぱいのは覚悟してたが……柑橘系の酸っぱさだけでなく梅干しっぽい酸っぱさも感じるとは……。

 レモンも梅も果実の分類か……梅を塩漬けして天日干しにする事で、酸っぱさが増すらしいけど、まぁそれはどうでも良いか。


「これは中々強烈ですな。口の中で色々な酸味が喧嘩をしているようです」

「そうですね。酸っぱいと言っても、色々な物があるようです……勉強になります」


 セバスチャンさんが口をすぼめて、水を飲み、口に広がった酸っぱさを洗い流している。

 それとは違い、ヘレーナさんを始めとしたコックの皆さんは、興味深そうに酸っぱさ、酸味を吟味しているように見える。

 勉強熱心な事だなぁ。

 梅干しを知らないはずだから、柑橘系だけじゃない酸っぱさもあって、頭が混乱してるのかもしれないな。


「タクミ様、興味深い味を教えて頂き、ありがとうございます」

「あ、はい」


 酸っぱいだけの薬草なんだけど、ヘレーナさん達料理人にとっては、興味深い勉強になったようだ。

 酸っぱいだけの料理は苦手だが、それを生かして美味しい料理を作ってくれるなら大歓迎だ。

 ……酸っぱさを生かした料理って、何かあったっけ?

 探したらあるんだろうが、今は何も思いつかなかった。


「ですが、これをワインには……」

「そうですね。酸味が強い事で、美味しいワインの味を損ねる事になるかと」

「はい。タクミ様、薬草調合の際にはその辺りの調整も……」

「ははは、頑張ってみますよ」


 何せ、まだ調合というのをした事が無い。

 味がどうなるかわからないが、ヘレーナさんの言う通り、酸っぱさを和らげる事も考えないといけないな。

 セバスチャンさんが言うように、ワインの味を損ねてしまったら元も子もないからなぁ。

 薬酒だからと、この世界に知られていない考えで作られた物になるだろうから、良薬は口に苦し……と言っても売れそうにない。


「では、俺はこれで。ミリナちゃんにも話して、調合の勉強をする事にします。……夜にでも、滋養強壮の薬草の方は、持ってきますよ」

「畏まりました。そちらの処理は任せて下さい。あぁ、そうだ。ラモギを使ったワインの試作ですが、早速漬け込む作業に入る予定です。明日にでも、確認していただけるように致します」

「わかりました、お願いします。その時は、レオに判別してもらうよう、頼んでおきますよ」

「私は、ヘレーナさんと夕食の打ち合わせがあるので、これで」

「はい、では」


 夕食の打ち合わせがあると言う、セバスチャンさんと別れ、俺一人で厨房を出る。

 ミリナちゃんに確認を取って、本を見ながら調合をしなければいけないという仕事が増えたけど、ワインのためだからな、頑張らないと。


「あ、そういえば、アンネさんの所に行くつもりだったんだっけ」


 厨房を離れ、屋敷内を歩いていた時に思い出す。

 まだ部屋にこもってるようなら、様子を見に行かないとな……このまま出て来ないという事はないだろうけど……。


「あ、すみません」

「はい、御用でしょうか?」


 廊下を歩いてると、通りがかったメイドさんを発見したので、声をかけた。

 ライラさんやゲルダさんとは違うメイドさんだ。

 10人を越えるメイドさんがいるから、名前を覚えきれてないな……今度誰が誰かを一度、確認した方が良いかも?


「えっと、アンネさんはまだ部屋に?」

「はい。先程確認致しましたが、アンネリーゼ様はまだ部屋から出たくないご様子でして……」

「そうですか……わかりました。ありがとうございます」


 アンネさんはまだ部屋にこもったままのようだ。

 メイドさんにお礼を言って、その場を離れる。

 ライラさんに教えてもらった部屋の位置を、頭の中で思い出しつつ、アンネさんの部屋へと足を向ける事にした。


「えっと、確か俺の部屋の近くで……ここだな」


 広い屋敷の中、厨房から離れた位置にあるから、少し時間はかかってしまったが、たどり着いたアンネさんの部屋。

 扉の前で立ち止まり、ノックをしようと腕を上げて少し躊躇。

 考えてみたら、女性の部屋を訪ねるのはこれが初めてだな……ちょっと緊張する。

 男一人で尋ねるのも失礼だとか、変な意味にならないか……なんて考えがよぎったが、ここまで来たんだから、引き返すのも時間の無駄になってしまう。


「よし……」


 覚悟を決めるように小さく呟き、腕を上げ直して扉をノック。


 コン、コン


 2度のノックが、廊下と部屋の中へ響くのが聞こえる。


「はい、どなたですの?」

「……タクミです。アンネさん、今大丈夫ですか?」

「タクミ様!?」


 中から聞こえたアンネさんの声は、淀みなく元気そうで少し安心した。

 それはともかく、俺が訪ねて来るとは思っていなかったのか、驚いたアンネさんの声と共に、ドタバタと中で慌ててるような音が聞こえる。

 ……やっぱり、俺が来ない方が良かったかな?


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