第251話 エッケンハルトさんは疲れ果てているようでした



 今俺が雇う可能性がありそうなのは、ミリナちゃんくらいか……あの子は、薬の知識を学びたいようだから、色々助けてもらえそうだしな。

 とはいえ、俺がこれから先、人を雇う事なんてあるんだろうか……?

 屋敷で薬草を作りながら、公爵家の方で販売してもらうくらいなら、今のままで必要は無さそうに感じる。


「……タクミ様、ここにおられましたか」

「……ゲルダさん、どうしました?」

「昼食の用意が整ったそうです」

「わかりました、食堂に行きます」


 色々考えている途中で、俺を探してくれてたらしいゲルダさんに、昼食と伝えられ、ライラさん達と一緒に食堂へ向かう。

 ……そういえば、レオに乗ったエッケンハルトさんはどうなったんだろう?

 ティルラちゃんやシェリーと遊ぶついでだから、レオもあまり無茶な事はしてないだろう。

 少しでも、レオに慣れてくれてれば良いんだけどなぁ。


「失礼致します。タクミ様をお連れ致しました」

「……うむ」

「ワフ? ワフワフ!」

「お、レオ。先に来てたんだな?」

「ワフー」


 食堂に入ると、エッケンハルトさんを始め、クレアさんとティルラちゃん、シェリーも勢揃いしていた。

 セバスチャンさんもいるから、厨房への用は終わったんだろう。

 結構、ライラさんやニックと話し込んでしまってたみたいだな。

 俺が食堂に入って来てすぐ、俺の姿を見たレオが駆け寄り、尻尾を振りながら来るので、ガシガシとその体を撫でてやった。

 嬉しそうなのは良いんだが、そのフサフサの尻尾が風を起こして、ライラさんやゲルダさんのスカートが捲れそうになってるから、気を付けような?


「では、頂こうか……ふぅ」

「頂きます」

「はい」

「はーい」

「ワフワフ!」

「キャゥ!」


 レオを落ち着かせて一緒にテーブルにつき、エッケンハルトさんの合図で昼食を頂く。

 ……しかし、エッケンハルトさんは疲れてるようだな。

 それはともかく、アンネさんがいないようだけど、まだ部屋にこもってるのかな?


「お父様、随分疲れてるようですが?」

「うむ……まぁな」

「どうかなされたのですか? ……お父様が疲れるような案件は、無かったと思いますが……」

「まぁ、例の店の事も片が付いたし、私が悩むような事も無いんだが……レオ様がな……」

「レオ様が?」

「ワフ?」


 いつもよりも食べる速度が遅いエッケンハルトさんを見て、クレアさんが心配したようで声を掛ける。

 それに対し、エッケンハルトさんはレオを見ながら答えた。

 レオやティルラちゃんと遊ぶのに、随分と体力を使ったみたいだ。

 自分の名前が出て呼ばれたと思ったのか、レオは食べていたソーセージを咥えたまま顔を上げ、首を傾げてる。

 大した話じゃ無さそうだから、お前はゆっくり食べてて良いんだぞー。


「タクミ殿にしてやられた……」

「してやられたとは、人聞きが悪いと思うのですが……」

「タクミさんが?」

「ティルラやレオ様達と一緒に遊ぶ事になってな……」

「それで疲れているのですね……。まぁ、お父様はティルラと遊ぶ事が少なかったので、いい機会なのでは?」

「う、うむ。それはそうなのだがな……? まぁ、おかげで恐怖心は無くなったが……」

「楽しかったですか、ティルラ?」

「父様と一緒で楽しかったです!」


 クレアさんの問いかけに、元気いっぱいで答えるティルラちゃん。

 その様子を見ると、エッケンハルトさんはもう何も言えないようだ。

 娘に楽しいと言われてるのに、父親が疲れたから……なんて愚痴を漏らすような事はできないよなぁ。

 狙ってやったのなら、クレアさんも結構やるなぁ。

 エッケンハルトさんも、恐怖心がなくなったようなので、結果オーライ……と言ったところかな?


「ところで、アンネさんが来ていませんが……どうされたんですか?」


 話がひと段落付いたところで、俺が気になっていたアンネさんがいない事を聞く。


「アンネリーゼ嬢は、未だ部屋にこもっておられます。昼食もいらないとの事でした。余程、タクミ様に断られたのが堪えたのでしょう」

「貴族である事をちらつかせたら、断るなんて考えてもいなかったのでしょうね。全く、権力で夫を得ようなどと……」

「ははは、そうなんですか……」


 セバスチャンさんが説明してくれたように、アンネさんはまだ部屋にこもっているようだ。

 アンネさんからしたら、貴族である事を前面に出せば、断る男なんていないと考えていたんだろう。

 それに対し、クレアさんは憤慨している様子で、何やらぶつぶつ言っているが、触らぬ神にたたりなし……。

 触れないようにして、食事に集中する事にした。



「あ、ライラさん。アンネさんの部屋ってどこかわかりますか?」

「アンネリーゼ様の部屋ですか? えーと……」


 昼食後、少し気になったアンネさんの様子を窺おうと、ライラさんに部屋の場所を聞く。

 誘いを断った本人である俺が行くのはどうか……とも思うけど、部屋にこもって出て来ないのは、ちょっと気になるからな……。


「わかりました、ありがとうございます」

「いえ、何でしたら、ご案内致しましょうか?」

「いえ、迷う事はなさそうなので、大丈夫です」


 ライラさんにアンネさんの部屋の場所を聞き、お礼を言う。

 俺がこの屋敷に来た時、何度も案内をお願いした事を思い出したのか、ライラさんが案内を申し出たが、それは断る。

 俺に用意された部屋とそんなに離れて無いみたいだから、迷う事は無さそうだしな。

 それに、アンネさんの部屋へ行くのは、もう少し後だ。

 まずは、ヘレーナさんに話をしないと……。


「セバスチャンさん、ちょっと良いですか?」

「はい、何でございましょう?」


 食堂には、エッケンハルトさん達はもういない。

 それぞれ、執務や勉強など、やることがあるとかで、ティータイムが終わってすぐ食堂を出て行った。

 クレアさんとエッケンハルトさんは、領内の事で相談がある様子だったしな。


 ティルラちゃんは、シェリーを連れて勉強だ。

 ……シェリーを連れて集中力が途切れるのが心配だけど……まぁ、何とかなるだろう。

 ライラさんにアンネさんの部屋を聞いた俺は、食堂の食器を片付けていたセバスチャンさんに声をかけた。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る