第250話 ニックが嬉しそうにしていました



「そうでしたか。お預かりした薬草は、確かにニックさんに渡しました」

「ありがとうございます」

「確かに受け取りましたぜ、アニキ。しかし、今日は会えないと思っていたアニキと会えるなんて、良い日だなぁ……」

「いや、俺と会えて嬉しいのか……ニック?」


 ニックが嬉しそうな顔をしてたのは、本当に俺と会えたかららしい。

 ……男に喜ばれても微妙な気分だが、まぁ、嫌がられるよりは良いか。


「そりゃもう! アニキは、俺が一番尊敬する人ですからね! できる事なら毎日でも会いたいです!」

「……尊敬ね……」

「懐かれていますね?」

「ライラさん……何でこんなになったのか……」


 嬉しそうな顔をして、俺を尊敬していると答えるニック。

 特に俺は、ニックに対して尊敬されるような事はしていないと思うが……。

 ライラさんは楽しそうに俺を見てるし……。


「アニキは、罰せられそうになっていた俺を助けてくれました! それに、雇ってくれたうえ、他で働くよりも多い給金……これで尊敬しない方がどうかしてますぜ!」

「そ、そうか……それは何よりだ。真面目に働けよ?」

「それはもちろんですぜ、アニキ! カレスさんに教えられて、色々覚えているさ最中です。アニキの顔に泥を塗る事にならないよう、頑張ります!」


 俺としては、更生の余地があるのなら……というだけで雇い、もしまた問題を起こすようなら、セバスチャンさんに頼んですぐ捕まえてもらおうと思ってたんだがな。

 それに、給金に関しては、真面目に働いてくれてる対価だから、そこまで感謝されるとは思ってなかった。

 薬草が思ったよりも高い価格で卸せてるので、お金に余裕がある事と、真面目に働くやる気に繋がれば……と少し多めにしたのは確かだけども。


「アニキの事を知ったら、働きたいと考えるならず者は沢山いそうですぜ? まぁ、中には真面目に働かない奴もいるだろうから、あまり公表しない方が良いですがね……」

「まぁ、今はニック以外に雇う事は考えていないな。公表するどころか、募集もしないぞ? しかし、そんなに魅力的なのか?」

「それはもちろんですぜ、アニキ。給金がしっかり出て、さらに他の仕事よりも多い。学も何も無いならず者からしたら、特に魅力的に見えるはずですぜ?」

「タクミ様、ラクトス街に限った事では無いのですが……ならず者だけではなく、普通に暮らしている人達も、下働きの者達をこき使い、まともに給金を出さない者もいるようです。見つけ次第、公爵家の方で処罰しているのですが……これがなかなか上手くいかないようです……」

「そうですか……」


 いつでもどこでも、そういった事は無くならないのかもなぁ。

 経営者は、労働者を都合良く使い、それでも人件費はできるだけ安く、会社や店の利益を上げる事しか考えない……。

 全ての人間がそうだとは言わないが、そういう考えの人が多いのも確かだ。

 じゃなきゃ、俺がブラックな企業で働かされる事もなかっただろうしな。

 ……経営者には、経営者なりの苦労がある……というのも当然なんだろうけどな。


 ニックが言うならず者達、というのは日本で言う不良集団のようなものだろうと思う。

 社会からのはみ出し者……とも言えるかもしれないな。

 そういった人たちは、安い賃金で働かされる可能性が高くなり、当然生活は苦しくなる……という悪循環だ。

 まぁ、そういった人達自身に何も原因が無いとは言わないが……難しい問題だ。

 そういう事があるから、ニックにとって、ろくでも無かった自分にしっかりとした給金が支払われ、十分な生活ができる程、大目にお金がもらえる……という事は手放しで喜ぶ事なのかもしれない。


「それじゃアニキ、俺はこれで。アニキの薬草は、しっかりカレスさんに届けます!」

「しっかりな、頼んだぞニック」

「へい!」

「お気をつけて……」


 玄関ホールまで来て、薬草を持つニックを見送る。


「……何か考えておいでですか?」


 ニックが帰って行くのを見送った後、少しだけ思案していたら、ライラさんに声を掛けられた。

 難しい顔をしていたつもりはないんだが、何かを考えている……というのはバレバレらしい。

 ……もっと、表情に出さないように気を付けないといけないかな?

 セバスチャンさんには、どれだけ頑張っても通用しそうにないけどな。


「いえ……人を雇う事の難しさを考えていました。それと、ラクトスの街にもならず者がいるんだなぁ……と」

「ラクトスの街は、交易が盛んな街ですからね。人の出入りが激しいので、そういった者の出入りもあります。それと、人を雇う事に関しては……私にはわかりませんね。私も雇われている側ですから」

「人の往来が多ければその分、そういった人も増えるのは当然でしょうね。それに、はは……俺も公爵家から見たら、雇っている人間に近いのかもしれませんね」

「タクミ様、もし他に人を雇うとするのなら、気を付けて下さい」

「……何をですか?」


 ライラさんと話し、いくら公爵家がしっかり管理して、セバスチャンさんが近くにいるからと言っても、ラクトスの街にそういった人達の流入が防げない事を理解する。

 公爵家と契約し、俺も雇われてるのに近い事も考えていると、ライラさんが注意するように言った。

 人を雇う以上、様々な注意点がある事はわかってるが……ライラさんは何を気を付けろ、と言うんだろう?


「私はそういった事に詳しくはありませんが……今回タクミ様が雇ったニック、真面目に働いているのでタクミ様の選択は間違いでは無かったのでしょう。しかし、ならず者には真面目に働かず、給金だけをかすめ取ろうとする者もいます。さらに言えば、雇い主を騙す者や盗みを働くために近付く者、最悪な事になると、殺してでも……という者もいるのです」

「……はい」

「そういった者を雇ってしまう事のないよう、気を付けて欲しいのです。すみません、差し出がましい事を……」

「いえ、ライラさんの言葉は、しっかり覚えておきますよ。ありがとうございます。もし人を雇う事になったら、今の言葉を思い出して、慎重に選ぼうと思います。まぁ、今の所雇う予定も必要もありませんけどね」


 日本にはそこまでの人は多く無かったが、この世界には多いのかもしれない。

 衛兵だとか、警備をする人はいるが、警察機関とかないからな。

 もし人を雇う必要性が出たら、ライラさんに言われた事を思い出そう。

 実際その時になったら、セバスチャンさんとかに相談しそうだけどな……と考えながら、今の言葉を心に刻んでおいた。


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