第231話 男にワインを勧めてみました



「しかし、感覚強化の薬草というのは便利ですね。相手の表情を見ていれば、何を考えているのかよくわかります」

「そうですね。普通なら見逃してしまうような、微妙な変化も、逃さず見ることができますね」


 先程から、セバスチャンさんと話してる男の方は、あまり表に出さないように顔に笑みを張り付けて対応しているが、時折セバスチャンさんの言った言葉に、不自然な反応を見せている。

 呟いた声も丸聞こえだし、感覚強化の薬草を食べていて良かったな。


「お待たせしました。グラスになります……」

「ありがとうございます。それでは、一献おつきあい願えますか?」

「は、はい……」


 グラスを受け取り、セバスチャンさんが片方の瓶を持ち、グラスに注ぐ。

 俺とセバスチャンさんのグラスには、俺がもう片方の瓶からグラスへ。


「さて、では乾杯としましょう。良い薬、良い店との出会い……と言ったところですかな?」

「そうですね。乾杯」

「はぁ……乾、杯」


 グラスを掲げ、その場にいる者達で乾杯をする。

 男の方は、汗を掻きながらグラスに注がれたワインを凝視しているが、それには構わず、俺とセバスチャンさんは、一気にグラスのワインを飲み干した。


「ふぅ。公爵様の選んだワインは、美味しいですね」

「はい。公爵様はワインに詳しいようでしてな、香りや味、色にもこだわりを持っております」


 二人で飲み干したワイン……屋敷でも飲んだが、やっぱり甘さといい、香りといい、破棄しなくて良かったと思えるほど美味しい。

 セバスチャンさんと二人、にこやかに話しているが、男の方は汗をだらだら流しながら、グラスのワインを凝視するだけで、飲まずに固まっている。


「おや、どうかされましたか?」 

「い、いえ……その……」

「ワインはお嫌いでしたかな?」

「そ、そうですね……ワ、ワインというより、お酒が苦手なもので……その……」

「そうでしたか、これは失礼しました。お酒を飲めない方にワインを勧めるなど……」


 セバスチャンさんが、わかっているのに、飲めないまま固まっている男と話す。

 こういう事を、顔色一つ変えずにしれっと言えるから、セバスチャンさんは怖いんだよなぁ。

 ……絶対敵に回したりしないようにしよう。


「は、はぁ……すみません」


 男は、お酒が嫌いという事にして逃げるつもりのようだ。

 言い訳を思いついたと、少しだけ表情も緩まったが、そんな事であのセバスチャンさんが逃すわけはない。

 少しだけ楽しそうに笑った後、セバスチャンさんが困ったような表情を作った。


「……公爵様がわざわざ選んで下さったワインなのですが……嫌いというのなら、仕方ありません。公爵様にはそのように報告させて頂きます。……公爵様としては、ワインを好きな者が増えれば、との考えだったのですが……」

「そ、そ、それは……いえ、その……私がワインを飲んだと、報告して頂く事はできないでしょうか……?」

「それは公爵様に嘘を吐く事になってしまいます。私には、公爵様を騙して嘘の報告をする事などできません。見た物、感じた事、全て正しく報告させて頂きます」

「そ、そんな……このままでは伯爵様になんていわれるか……!」


 ワインを見て焦っている事と、セバスチャンさんからにじみ出ている迫力に、男は正常な考えが出来なくなってきているようだ。

 ワインが飲めない事を公爵……エッケンハルトさんに報告されれば、薬の契約は無かったことに……さらには伯爵家へも何かあるのかもしれない……と思い込んでいる様子だ。

 小さく呟いた言葉を、聞き逃さない事で、何を考えているのかよくわかるな。


「ですが……」

「で、ですが?」


 セバスチャンさんがニヤリとする。

 男の方は、もうセバスチャンさんの手のひらの上、で踊らされるばかりだなぁ。

 ……セバスチャンさん、悪い顔になってますよ?


「一口、ほんの一口だけでも飲んで頂けないでしょうか? 舐めるだけでも良いのです。そうすれば、私はウードさんがワインを飲んだと、正しく公爵様に報告する事ができます」

「一口……ですか……? わかりました。……それなら、大丈夫か……」


 セバスチャンさんの表情には気付かず、男はワインを飲む方向に誘導される。

 どれくらい飲めば、病にかかるものなのかまではわからないが、男はそれくらいなら大丈夫だと判断したようだ。

 意を決して、グラスを傾け、ほんの一滴を飲むように恐る恐る口を付けた。


「……ん……ゴク……の、飲みました……はぁ……」


 飲んだとも言えないような量だが、確かに口にワインを入れた男。

 大きく息を吐いて、一仕事終えたような表情だ。


「確かに、確認致しました。これで、公爵様には良い報告ができそうです」

「そ、そうですか。それは良かったです。……ゲホッゲホッ!」


 にこやかに言うセバスチャンさんに行った後、咳き込む男。

 病は気から……と言うから、効果を知っている男はもうすでに病に罹った気分なんだろうか……?

 いや、ほんの少しだけでも飲み込んだワインを、外に出そうとしているのかもしれないな。

 病に感染していると知っているから、思い込みで体が拒否した、という事もあるのだろう。


「さて、貴方はワインを飲みました」

「は、はい。それではそろそろ契約の方を……」

「いえ、それには及びませんよ」

「はい?」


 話をまとめて、さっさと契約へと移りたそうな男だが、セバスチャンさんが本当にこんな店で契約を結ぶわけがない。

 否定したセバスチャンさんに、キョトンとした男。

 さて、これから楽しい時間の開始かな……セバスチャンさんと、エッケンハルトさんにとって、だがな。


「ウードさん……貴方はワインの事を知っていましたね? これが普通のワインでは無い事を」

「な、なにを言っているのですか?」

「このワインは……実はとある理由で、我が公爵家が調べていた物なのですが……それによると、飲んではいけない物、とされました。理由は簡単です。このところ、疫病がラクトスにて広まっておりますが……その原因と判明したのです」 


 急にワインの説明に入るセバスチャンさん。

 しかし、男の方は疫病とワインが繋げられて考えられている事に気付き、すぐさま顔色が悪くなった。



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