第229話 例の店へと入り込みました



「ですが、必要でしょうか……?」

「わかりません。なので、念のためです。ランジ村と同じ後悔はしたくありませんからね」


 特に身体強化の薬草だ。

 オーク達が襲って来た時、この薬草を食べていればもう少しオーク達を倒せて、村人達への怪我を減らせたかもしれない。

 もしかしたら、俺自身が怪我をする事も無かったかもしれない……。

 すべてたらればの後悔だが、同じ事にならないために備える……という事だ。


「わかりました。……まぁ、私が戦闘になったとして、役に立つとは思えませんが……」

「それでも、ですね。少しでも動けるようにしておけば、フィリップさん達が助けに来てくれるまで、持ち堪えられるかもしれませんしね」


 セバスチャンさんは、戦うような心得は無いようだが、その時は何とか俺が頑張って動こう……そう思いながら、腰に下げている剣を確認した。

 オーク達と戦った時に折れた剣だが、その話を聞いたセバスチャンさんが、屋敷に戻った後改めて用意してくれた物だ。

 以前よりは良い材質でできているらしく、心強い。


 フィリップさん達にはついて来てもらっているが、さすがに店の中までは入れない。

 客を装う事も考えられてたが、いかにも兵士風な格好をしているため、怪しまれないように……だな。

 外で待機しているフィリップさん達は、店の中で騒動が起こったら突入してくれるだろうと思う。

 それまでに捕まって人質にされないよう、というためでもある。


「ですが、感覚強化は何故?」

「感覚強化の薬草を使えば、相手の微細な表情変化も見えると思うのです。それと、店の中で怪しい動きが無いか、警戒できます」

「成る程……畏まりました」


 念には念を入れて……だな。

 最初にニックから話しを聞いた時、あちらにも兵士風の用心棒のような人がいるみたいだし、荒事を想定している可能性もある。

 注意一秒怪我一生、という言葉があるように、特に手間では無い警戒や注意をしておけば、その後の問題も起こらない可能性につなげられるからな。

 ……まぁ、これは日本での言葉で、この世界に同じような考えがあるかどうかは知らないが。


「ん……ゴク……相変わらず、中々なお味ですな」

「まぁ、そこは我慢しましょう。良薬口に苦し……ですよ?」

「ほぉ、タクミ様のいた場所ではそのような言葉が……」


 二人で、味の良くない薬草を口にし、軽く話しながら例の店へ向かった。



「あれですな」

「あれが……」


 例の店へ到着し、少しだけ離れた場所から観察する。

 店構えは他の店とあまり変わったところは無く、街に溶け込むようになっている……イザベルさんの店とは大違いだ。

 カレスさんの店と違い、疫病が広がり、薬草を求める人が増えているにも関わらず、店には閑古鳥が鳴いているように見える。

 おそらく、セバスチャンさんの広めた噂で、この店に来る人達が減ったのだろう……ラモギの格安販売も効いているのかもしれないな。


「店の外には、人は出ていませんか」

「そうですね。呼び込みをするでもなく……少し不気味です」


 店の前は誰もおらず、静かだ。

 今までどうにかしたいと考えていた店に行く、という事からの緊張もあって、不気味に感じる。


「話に関しては、私に任せて下さい。タクミ様は打ち合わせ通りに」

「……基本的に話を合わせる、でしたね。わかりました」


 軽く話して、セバスチャンさんと二人で店に近付く。

 辺りの静けさと同じく、店の中からも音はあまり聞こえない。

 店の中から聞こえる音は……人が歩く音くらいか……特に会話は聞こえない。

 感覚強化をしているから、静かなのが耳に痛いくらいだ。


「では……」

「……はい」


 セバスチャンさんがドアに手をかけ、俺を見て頷く。

 俺が頷き返したのを確認し、ドアを押し開けた。


「すみません、どなたかいらっしゃいますか?」


 ドアを開けて店の中に入り、セバスチャンさんが、先程までの備えるような低い声とは違う、優し気な声を出す。

 ここでは、客のつもりで好々爺を演じるようだ。


「なんだ、爺さん。薬草か? 薬か?」


 店の奥、カウンターになっている場所の向こうから、低い声が聞こえ、体格の良い男が出て来た。

 店番の人なのかもしれないが、いきなり威圧感のある人物が出て来たな……。


「両方です。一度、この店の品物を見てみたいと思いましてな。……責任者の方はいらっしゃいますか?」

「……そうでしたか! 申し訳ありません、失礼な態度を取って。今、店の主人を呼んで参ります」


 セバスチャンさんの言った事で、いきなり笑顔になった男。

 客が来ないから、久々の客に媚を売るような感じになっているのだろう。

 最初の対応は、俺達が客だとは思わなかったのかもしれない。

 ……店に入って来たのが、まず客だと思わない時点で、日本のサービス業を知ってる者としては眉を潜めそうになる。


「お待たせしました。私がこの店の責任者をしております、ウード、と申します」

「初めまして、私、セバスチャンと申す者でございます」

「セバスチャン様、ですな。……どこかで聞いたような」


 さっきの男が呼んで来た責任者は、ニコニコした笑顔を顔に張り付け、でっぷりと太ったお腹をした男だ。 

 脂ぎった顔に、あまり良い趣味とは言えない装飾を、体のあちこちに付けている。

 ……趣味の悪い成金社長みたいな風体だな。

 ちなみに、男は俺達に聞こえないよう、小さく呟いたのだろうが、感覚強化の薬草のおかげで、その小さな呟きもはっきり聞こえている。

 セバスチャンさんは、屋敷からこの街に来る事が多かったため、名前に聞き覚えがあったのだろう。


「こちらの薬草や薬、評判がよろしいようなので、多く仕入れてみようと思いまして。一度話を伺いたく、お呼びした次第です」

「それはそれは! 私共の店では、良質な薬草、薬をご用意しておりますよ! 買っていくお客様にも、大変好評いただいております!」


 セバスチャンさんの言葉に、さらに笑顔を深く顔に刻んだウードという男。

 評判が良い……というのはセバスチャンさんの嘘なのは当然だが、男はそれに乗っかるように笑う。


「座っても?」

「ええ、ええ。どうぞおくつろぎ下さい!」


 店の中は、入り口から入って左右の大きな棚に、薬草や薬が置いてあり、真ん中は空間になっている。

 そこから奥に行くとカウンターとなっていて、その左端に、テーブルと椅子が置いてあり、数人が座って話せるようになっている。

 ……おそらく、そこで客に口八丁の出まかせを言って、悪質な薬草を売りつけるのだろうな。



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