第219話 連れていた誰かは伯爵令嬢でした



「旦那様、客間でよろしいでしょうか」

「セバスチャン。そうだな、色々話す事がありそうだ。客間に行こう」

「畏まりました」


 セバスチャンさんが客間を勧め、そこで話をする事になった。

 それと一緒に、玄関ホールに集まっていた使用人さん達も解散。

 護衛をしていた人達も、一息入れるようだ。

 しかし……クレアさんはムスっとしているし、女性はレオに怯えてビクビクしてるし……どういうお客さんなんだろう?

 俺と一緒で、女性の事を知らないティルラちゃんは、首を傾げて不思議顔だけどな……何となく癒しになった。


「さて、まずは何から話そうか……」


 客間には、俺、レオ、クレアさん、ティルラちゃん、エッケンハルトさん、知らない女性がテーブルにつき、セバスチャンさんとライラさんが立って待機している。

 女性はよっぽどレオの事が怖いのか、できるだけ離れた位置に座っている。

 代わりにティルラちゃんがレオの隣で、シェリーと一緒に洗ったばかりで綺麗なモサモサの毛を撫でてご満悦だ

 ……昨日しっかり風呂で洗っていて良かった。


「……まずは紹介からですね。タクミさんもティルラも、そちらの方を知りません」

「そうだな、そうしよう」


 しかしさっきからクレアさん、何故か棘があるような声を出してるな……。

 クレアさんと、エッケンハルトさんが連れて来た女性は知り合いらしいのに、絶対名前を口に出さない。

 「そちらの方」……と言った時も、強めの言い方だったし……何かこの女性に思う所があるのだろうか?

 女性の方は、レオに怯えているため、そんなクレアさんに気付く様子はないけどな。


「自己紹介だ。できるな、アンネリーゼ?」

「……はい、畏まりましたわ。私はアンネリーゼ。アンネリーゼ・バースラーですわ。面倒なので、アンネ、とお呼び下さいまし」

「……バースラー……」


 エッケンハルトさんに促されて、アンネリーゼと呼ばれた女性が自己紹介。

 クレアさんに負けず劣らず、綺麗な礼をした姿は、言葉遣いと相俟ってまさしく令嬢、という雰囲気だ。

 ただ、その名前……正確にはバースラーという家名には覚えがある。


「もしかして、バースラー伯爵の……」

「うむ、娘だな」

「バースラー伯爵家当主、ハ―ブレヒト・バースラーは私のお父様ですわ」


 バースラー伯爵……今問題になっている悪質な薬を売る店や、ランジ村にガラス球を置き、さらに魔物までけしかけて来た人物だ。

 敵対している……とまではっきり敵意をお互いにもっているのかは定かでは無いが、今の所あまり良い感情は無いのは当然だ。

 そのバースラー伯爵の御令嬢が、どうしてエッケンハルトさんと一緒に……?


「皆の疑問、よくわかる。まぁ、事情があってな。しばしアンネリーゼを預かる事になったのだ」

「何故ですか、お父様!?」


 今まで話し合って来たバースラー伯爵の所業、それを知っている皆は、その娘さんがここにいる事に疑問を持つのは当然だ……もちろん、俺も。

 アンネリーゼさん……アンネさんを預かる事になったと話すエッケンハルトさん。

 それを聞いたクレアさんの反応は過敏だった。


「まぁ、その話はあとでしよう。今回の件にも関わる事だ。まずは今回の件、報告では聞いたが……ガラス球……だったか?」

「はい、旦那様。詳しくはタクミ様が……」

「タクミ殿、話してくれるか?」

「わかりました」


 アンネさんの話は置いておいて、まずはランジ村であった事を話す。

 今回の件にも関係があるようだけど、どういう事情なのか……クレアさんはまたムスっとして押し黙った……よっぽどアンネさんが嫌いなのかな?

 まぁ、バースラー伯爵家に関わる事だから、アンネさんにも関わる事なんだろうと納得し、これまでの事を順序立ててエッケンハルトさんに話した。


「うむ、タクミ殿の説明はわかりやすいな。聞いていた話と齟齬もない」

「そうですな。こういう事をした事があるのでしょう」


 俺の話を聞いて頷いているエッケンハルトさん。

 順序立てて説明する、というのは、以前の仕事で経験していた事だ。

 会議とかで、資料を把握して詰まらないように説明するため、練習もしたからなぁ……。

 しっかり説明できなかったら、プレゼン失敗で上司に怒られるし、俺が考えた企画じゃなく上司が考えた企画でも……だ……まったくあの頃は……なんて事、今は関係無いな、止めておこう。


「タクミ殿、先程の話で怪我をしたとあったが……大丈夫なのか?」

「はい、ロエがありましたので、それを使って治療しました」

「そうか……それならば良い。……ロエ、便利な薬草だ」


 エッケンハルトさんに説明する途中、『雑草栽培』の部分は省いて説明した。

 一応、部外者とも言えるアンネさんがいる事による配慮だ。

 その部分でセバスチャンさんに目で問いかけると、首を振られたので説明しない事にした。

 エッケンハルトさんも、それはわかったようで、少し言いかけたが『雑草栽培』の事は伏せてくれた。


「しかし、オークまでけしかけて来るとはな……バースラーめ……」


 バースラー伯爵が魔物をけしかけた事を忌々し気にするエッケンハルトさん。

 さすがに自分の運営する領内の村、小さいとはいえ民が暮らしているのだから、領主としては当然の反応だろう。


「私はそこまでの事を考えていませんわ」

「……そうだろうな……アンネリーゼは……悪知恵は働くが、魔物を使ってまで……とは考えないだろう」

「当然です。お父様の事、きっとあの魔法具が惜しいと考えたのだと思いますわ。そんなだからうだつが上がらないですのに」


 エッケンハルトさんとアンネさんが話しているが、その口ぶりだと、ガラス球の事を含めた今回の件、アンネさんが考えたともとれるんだが……?

 それとは別に、アンネさんは随分と父親であるバースラー伯爵に辛辣だ。


「旦那様、その話……まさかそのアンネリーゼ嬢が?」

「あぁ、セバスチャン。その通りだ。今回の件……公爵家に対する策になるのか……それはこのアンネリーゼが考えた事だ」

「はい、その通りですわ」


 セバスチャンさんが、俺も考えたのと同じことをエッケンハルトさんに問いかけた。

 それをあっさり認めるエッケンハルトさん。

 アンネさんの方も、あっけらかんとした様子で頷いた。

 俺もそうだが、クレアさんやライラさん、セバスチャンさんでさえも、開いた口がふさがらない状態だ。

 どうして、今回の原因……首謀者とも言うべき人物をエッケンハルトさんは連れて来たのか……。



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