第220話 クレアさんが皆の代わりに怒ってくれました



「まぁ、実行は全てバースラー伯爵だ。このアンネリーゼが関わっていないのははっきりしている」

「もちろんですわ。私はお父様に知恵を授けるだけ。それをどう使うかはお父様次第ですわ」

「……お父様、アンネ!」


 笑顔のまま、アンネさんがそう言った瞬間、おもむろに立ち上がったクレアさんが大きな声で叫んだ。

 この雰囲気は……以前セバスチャンさん達に怒った時以来か……どうやらクレアさんは我慢の限界だったらしい。

 俺も、苦しんでいる人々を見ているから、アンネさんの言い方にはあまり良い気はしていないんだが。


「何を暢気にそんな会話をしているの!? 実際に病になって苦しんでいる人もいるのよ! 関わっていないと言われても、納得できるわけがないでしょう! 特にアンネ! 貴女、何も罪の意識を感じていないのね!」

「ぬ……むぅ……」

「私は、魔法具を利用して利益を得る方法を考えましたけど、実行したのはお父様よ?」


 今までに見た事がないくらいの剣幕で、怒声を響かせるクレアさん。

 以前セバスチャンさんい怒った時よりも、すごい勢いだ。

 エッケンハルトさんはクレアさんの剣幕に押されているが、アンネさんの方はあっけらかんとした様子だ。

 ……やっぱり、女性は怒ってる女性に対して強いのかもな……アンネさんが特殊なのかもしれないが。


 ともあれ、俺もクレアさんと同意見だ。

 実際にラクトスの孤児院は子供達が病に、ランジ村でも大半の村人が病で苦しんでいるのを見た。

 苦しそうに咳をしている人達と、それを心配そうに見る人達を見ていたら、クレアさんのように怒るのも当然だろうと思う。

 セバスチャンさんや、ライラさんも少し眉をしかめているしな。


「実行したのは確かにバースラー伯爵でしょう! でも、貴女はそれを止められる事ができたはずよ! そもそも、貴女が提案しなければ病が広がる何てことはなかったはずなの! わかっているの!?」

「……それは……まぁ」

「苦しんでいる民を見なさい! 民だからと、私達とは違う者達だとは言わせないわよ! 民がいるから貴族がある! 貴族があるから民があるのではないのよ?! 私達を貴族たらしめているのは民のおかげなの! その民を苦しめる案……許すわけにはいかないわ!」

「うむ……うむ……」


 最初はあっけらかんとした様子だったアンネさんも、クレアさんに言い募られて段々と押され始めた。

 確かにクレアさんの言う通り、民があるから貴族がある……のだろうと思う。

 民がいなければ、自分が貴族だ! と声高に叫んでも、誰も敬ってはくれないしな。

 エッケンハルトさんも、クレアさんが言っている事は正しいと思うのか、頷いている。

 ……けど、エッケンハルトさんもクレアさんの怒りの矛先ですからね?


「ワフゥ……」

「……大丈夫、レオに怒ってるわけじゃないから」


 クレアさんが怒声を響かせる中、レオが尻尾を丸めて俺に顔を寄せて来た。

 マルチーズの頃、人の怒声というか、大きな声は苦手だったからな……小型犬にはありがちな事だけど、それを思い出したのだろう。

 レオを安心させるように撫でる。

 というか、最強の魔物と言われるシルバーフェンリルを怯えさせるクレアさんの迫力って……まぁ、レオが特別なのかもしれないが。


「でも……私は何も……」

「まだわかっていないようね! 目的はどうあれ、人々を苦しめる提案をした事が既に罪だと言っているの!」

「……伯爵家は最近、上手くいっていなかったから……」

「だからと、民を苦しめて良いとでも!? だとしたら貴族の風上にも置けないわ!」

「伯爵領の民は苦しめていないわ!」

「公爵領の民は苦しめても良いという事!? それは詭弁よ! 民は民。どこの貴族領の民であっても、全て同じ民なのよ! それを貴女は……!」

「……でも……その……」


 クレアさんの剣幕に押されているアンネさんだが、言い逃れ……というより言い訳をして矛先を逸らそうとしている。

 だが、結局はそれがクレアさんへさらに油を注ぐ形になり、延々と言い募られる。

 ……反省して謝れば、収まるかもしれないのになぁ

 クレアさんが烈火の如く怒りをぶつけてくれているおかげで、俺やセバスチャンさん、事情を知る人達は留飲を下げている状況だ。


 人を苦しめる提案をしたのはいただけないが、実行したのはバースラー伯爵。

 何の罪もないとは言わないけど、アンネさんを罰する事はできないだろうと思う。

 まぁ、反省とかは当然ながらするべきだと思うけどな。


「まだわからないようね……。それなら……レオ様!」

「ワフ!?」


 突然矛先を変えたクレアさん。

 俺に撫でられて安心していたのが嘘のように、驚いて声を上げている。


「アンネに近付いてしっかりじゃれついて下さい!」

「ちょっ! クレアさん、貴女!」

「ワフ……ワフゥ?」

「すまないレオ……俺には止める事ができなさそうだ……」

「ワフ!?……ワゥゥ」


 クレアさんの言う事に、助けてと言いたげな表情で俺を見たが、俺にはこの剣幕のクレアさんを止める事はできそうにない。

 視線を逸らして謝った俺に、レオは捨てられた子犬のような鳴き声を上げる。

 すまないレオ……無力な俺を許してくれ……いや、許してくれなくて良い……どうする事もできない俺には、お前を救う事はできないのだから……。


「さぁ、レオ様!」

「ちょっと、待ちなさい! クレアさん!」

「ワフゥ……」


 レオ自体は、アンネさんに対して嫌がる感情は無いんだろうが、クレアさんに怒られてるような気がして、あまり気が乗らないんだろう。

 だが、言い募るクレアさんは止まらない。

 アンネさんが叫びながら逃げ腰になるが、その後ろに回り背中を押す形でレオに近付く。

 仕方ない……とでも言いたげな様子で、レオが立ち上がり、大きな体でアンネさんに近付く。

 

「ほら、レオ様!」

「ワフゥ……ワフッワフッ」

「ちょ、そんな、顔を舐め……止め……」

「これでもまだ反省しないと?」


 促すクレアさん言葉に、レオが遠慮がちにアンネさんの顔を舐め始める。

 レオに怯えていたアンネさんには、効果は絶大なのだろう、体を硬直させていた。


「……まぁ、この通り、クレアとアンネリーゼは昔から仲が良くてな……」

「お父様、その目は腐っているのですか!?」

「……仲が悪くてな」


 怒りが全てアンネさんの方へ行った事で、安心したエッケンハルトさんがまとめるように声を出す。

 しかし、その言葉を聞き咎めるクレアさんの叫びに、仲が悪いと訂正する。

 公爵家当主様とか、クレアさんの父親だとかの威厳が台無しです、エッケンハルトさん……。


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