第218話 エッケンハルトさんは誰かを連れていました



「ふぅー……温まる……」


 水が掛かって体温が下がっていたためか、お湯に浸かると体が奥まで温まる感覚が気持ち良い。

 これなら風邪を引いたりはしないだろう。

 そう思いながら、しっかり温まって風呂を出た。


「やっぱり洗った後だから、レオの毛は綺麗だなぁ」

「ワフ、ワフ」


 ホカホカの体で部屋に戻り、水気を拭きとられてブラッシングまでされたレオを撫でる。

 洗う前と違って、撫でる手が引っかかる事も無く、触れていて気持ちが良い。

 銀色も、輝くように綺麗で、シルバーフェンリルという名前の通りになっている。


「やっぱり、毛並みが綺麗だと、格好良いな」

「ワフ!」


 格好良いと言われて誇らし気なレオ。

 女の子なのにそれで良いのかと思わなくも無いが、レオがそれで良いなら良いのだろう。

 今回は、レオが風呂嫌いな理由もわかったし、改善できる部分もあった事が収穫だろう。

 これからは、レオを風呂に入れる苦労が少しは楽になると考え、満足感と共に、体を冷やさないようにして眠りに就いた。



―――――――――――――――――――



「公爵家当主、エッケンハルト・リーベルト様、ご到着!」


 翌日、昼食を食べてしばらくたった頃、エッケンハルトさんが屋敷に到着した。

 使用人さん達や、クレアさん、ティルラちゃん、シェリーも含めて、俺やレオも皆玄関ホールに集まり、整列する。

 今回は俺が使用人さん達に混じることなく、クレアさん達の隣だ。

 以前は面識が無かったからな……。


 ニコラさんが外で声を上げ、玄関を開ける。

 当主様が入って来る事に備えて、使用人さん達の間に緊張が走ったのがわかった。

 前は俺自身が緊張してたからわからなかったが、主人を迎える使用人というのはこういうものなのかもしれないな。

 ちなみに、昨日から忙しそうに動き回っていた使用人さん達のおかげで、玄関ホールに限らず屋敷の隅々は綺麗に掃除されている。

 窓から入る日差しを反射して眩しいところもあったくらいだ。


「「「「「「「「「「エッケンハルト様、我々使用人一同歓迎致します!」」」」」」」」」」

「うむ」


 二コラさんにより開けられた玄関から、エッケンハルトさんが入って来る。

 そのタイミングで、使用人さん達が依然と同じように声を揃えて迎える。

 ……慣れて来たが、これってやっぱりこうしろっていう決まりがあるのかな?


 ホールに入って来たエッケンハルトさんは、揃って礼をする使用人さん達を見渡して、一つ頷く。

 それと一緒に、以前も見た護衛の人達だろう、鎧を着た数人も入って来る。

 さらにその後ろ、見た事のない一人の女性が入って来た。

 誰だろう? クレアさんと同じくらいの年頃に見える。


「お父様、お帰りなさいませ」

「クレア、久しぶり……という程でも無いな。ティルラも、元気だったか?」

「元気です、父様!」

「変わりなく過ごしていますよ」


 クレアさんが一歩進み出て、エッケンハルトさんに挨拶。

 それに顔を綻ばせて、エッケンハルトさんはクレアさんとティルラちゃんに声を掛ける。

 娘達の元気な姿が見られて、男親としては嬉しいのだろう。

 クレアさん達と挨拶をした後は、俺へと視線を向けるエッケンハルトさん。


「タクミ殿、活躍は聞いているぞ。セバスチャンが大層喜んでいた」

「いえ、俺なんて大したことはしていませんよ。ほとんどレオのおかげですから」

「はっはっは、そう謙遜するな。レオ様はもちろんだが、今回の件、タクミ殿がいなければまだ解決の糸口は掴めていなかっただろう」


 謙遜する俺に、以前と同じように笑い、豪快に俺の肩を叩いて来るエッケンハルトさん。

 やっぱりこの癖は治っていないようだ……痛いんだよなぁ、これ……好意の現れに見えるから、無碍に避けるわけにもいかないし……。


「その方がタクミさんですわね?」

「あぁ、そうだ」

「お父様、その方はもしかして……」


 俺がエッケンハルトさんに叩かれているのを、珍しい物でも見るような表情で、後から入って来た女性が声を掛けた。

 女性は近くで見ると、目を見張る程の美人で、整った顔とスラリとしたスレンダーな体型をしている。

 長く艶やかな……アッシュブロンドって言うのかな? 綺麗な色をした髪は腰のあたりまでカールしながら伸びている。

 ……縦ロールって言うんだっけ、こういうの。

 本当にこんな髪型の人っていたんだなぁ……日本じゃ見られないどころか、物語とかの空想上の髪型だと思ってた。


「そうだな、紹介が必要だろう。クレアは会った事があるだろうが、ティルラは初めてだしな」

「……そうですね」


 どうしたんだろう、急にクレアさんが素っ気ない態度になった……。

 まさか、俺がその女性を観察していたからじゃないと思うが……。

 多分、この女性の事を知っていて、それが原因、かな?


「ワフワフ」

「キャゥ!」

「おぉ、レオ様。シェリーも元気そうだな!」


 自分達も挨拶するとばかりに、レオがシェリーを乗せてエッケンハルトさんの前へ。

 主張するレオとシェリーを、エッケンハルトさんが笑いながら撫でている。

 どうやら、屋敷を離れる前の荒療治があったおかげで、エッケンハルトさんもレオに慣れたようだ。

 まだ少しぎこちないが、レオを撫でる雰囲気に以前のような怯えは見られない。


「ひっ!」

「ワフ? ……スンスン……ワウ!」

「……あがががが」


 レオが近づいて来た事に、女性が怯えた声を上げ、それに気付いたレオが近づき匂いを嗅ぐように顔を近づける。

 レオが怖がられるのは初対面だといつもの事のようになっているが、お嬢様風の見た目とは裏腹に、その変な声を上げて怯える姿は、女性として良いのだろうかと考えなくもない。


「レオ、怯えてるからやめてあげなさい」

「ワウ? ワフワフ」


 俺が声を掛け、レオがこちらへ戻って来る。

 離れたレオを見て、深呼吸を繰り返し、何とか落ち着きを取り戻そうとしている女性。


「スゥー……ハァー……何ですの……一体何なんですの!?」


 落ち着きを取り戻しながら、呟き、最後には叫ぶように言った……中々芸が細かい。


「まぁ、落ち着け。話していただろう、レオ様だ。人を襲ったりはしないから安心しろ」

「安心しろと言われましても、あの大きさで迫られたら……とても安心できませんわ……」


 まだ呼吸が荒い様子の女性、胸に手を当て、自分を落ち着かせながらエッケンハルトさんへ言い募る。

 レオは可愛くて危害を加えたりしないのになぁ……。



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