第214話 ニックに給金を渡しました



「おっと、あれも用意しておかないとな」


 ニックが待つ客間へ行く途中、渡す物があるのを思い出し一度自分の部屋へ。

 渡す物を確認し、それをしっかり持ち客間へ。


「アニキ、お久しぶりです!」

「ニック、久しぶりだな」


 ランジ村に行っていた間から今まで、ニックと会っていなかったから確かに久しぶりだ。

 少しだけ髪が伸びて来たように見える、ニックのスキンヘッド……というより坊主頭を見ながら挨拶をする。

 ……髪が伸びて来たら、ちょっと人相の悪い野球してる高校生のようにも見えるな……そこまで若くはないだろうが。


「タクミ様、こちらを」

「ありがとうございます。ニック」

「へい!」


 先に薬草を持って待機してくれていたゲルダさんから、袋を渡されて受け取り、それをニックに渡す。


「それと……これだ。ニック」

「……金貨……? これをどうするんで?」


 部屋から持って来ていた金貨と銀貨、銅貨も含めて全てニックに渡す。

 しかしニックは、それを見ても何故渡されているのか理解してない様子だ。


「一応、ちゃんと働いてくれたからな。これは給金だ。……前払いしておいたのは引いてあるが」

「……給金……こんなに……こんなに貰って良いんですかい!?」


 ニックを雇って、そろそろ1カ月近く経つからな、そろそろ給金という形でしっかりと渡しておいた方が良いと思った。

 ちゃんと働いてくれてる様子だが、給金を出さないと逃げられるのもいけないしな。

 ……以前の会社のように過剰労働、低賃金……というのは避けたいしな。

 一応、どれくらいの給金にするかは、セバスチャンさんと相談して決めた。


「そこまで多いかどうかはわからないが、これからの働きも期待してるぞ」

「ここまでの給金が貰えるなんて……アニキ、ありがとうございます! 一生ついて行きます!」

「いや、そこまで感動されても困るんだがな……」


 金貨数枚に、銀貨と銅貨だ。

 セバスチャンさんとの相談で、ラクトスの街で1カ月働いた労働者の平均より少し高い程度の金額にしておいた。

 それとは別に……。


「一応、先に税金に関しては差し引いておいたから、そのお金はお前の自由にしていいぞ。ただし、変な事には使うなよ?」

「税金まで……それを引いてもこんなに多くの給金を……わかってます、生活に使う分とは別に貯める事も考えます! カレスさんにお金を貯める大切さを教えられました」

「そうか」


 カレスさんは、ニックにお金を貯める事をしっかり教え込んでくれたみたいだ。

 給金が多くても少なくても、いつ何があるかわからない。

 お金はある程度貯めておいて損は無いからな。

 ちなみにだが、ニックには税金は差し引いたと言ったが、実は俺が別で払った。

 俺の分も払おうとしたら、計算を別にして考える必要があったためなんだが……面倒だから一緒にしたとか、そんな事ではないぞ、うん。


 俺の税金に関しては、セバスチャンさんからは払わなくても良いと言われたが、この屋敷に世話になってるのもあるし、俺もこの世界で生活する以上、払う物は払っておきたい。

 それに、お金は薬草作りで予想より多く入って来るからな……ワイン樽を買ったり、税金を払ったりしても増える一方なのが、小市民でしかなかった俺にはちょっと怖く感じるくらいだ。



 ちなみにこの世界……というよりこの国で公爵領での税金は、受け取る給金から決められた割合のお金を税金として納める事になる。

 消費税やら固定資産税等々といった他の税は無いようで、所得税を収めれば領民として認められるという仕組みらしい……税金の種類や数が多くなくてわかりやすい。

 あとは、貴族領を行き来する時に必要な通行税が銀貨2、3枚程度だそうだ……しかも片道分で戻る時は渡される手形を見せれば無料らしい。

 所得税は、自分で手続きする方法と、給金から天引きする方法の2種類が選べるようで、雇い主に信用が置けないのであれば自分で手続きする方を選ぶ、とかなんとか。

 しかも、どれだけ稼いでも税率は同じでしかも日本の消費税よりも低いという良心的な税金だ……これでよく公爵領を運営できると思うが……もしかしたらそれだけエッケンハルトさん達の商売が上手くいっている証拠かもしれないな。

 他の貴族領では、もっと税率が高いのかもしれない。



「それじゃ、カレスさんの店まで頼んだぞ」

「へい、確かにお預かりしました。任せて下さい! では!」


 給金のやり取りで、半泣きするくらい感動した様子のニックは、意気揚々と薬草を持ってラクトスの街へ向かった。

 それを見送った後は、昼食。

 相変わらず美味しいヘレーナさんの料理を堪能しつつ、お腹いっぱいになったところで、食堂へ執事さんの一人が入って来た。


「失礼します……セバスチャンさん……」

「はい……何ですと? ……わかりました、すぐに向かいます」


 執事さんはセバスチャンさんに耳打ちをして、退室。


「皆様、少々用ができたので退室させて頂きます。……申し訳ありませんが、もうしばらくここで過ごして頂きますようお願いします」

「……何があったの、セバスチャン?」


 何かを伝えられたセバスチャンさんは、皆に声を掛ける。

 疑問に思ったクレアさんが声をかけた。


「旦那様から使いの者が来たとの事です。……本邸との距離を考えると、いささか早すぎるのですが……」

「お父様が? わかったわ」


 何やらエッケンハルトさんからの報せが来たという事らしい。

 確か、本邸はこの屋敷から馬で急いでも1週間程の距離だったはずだ。

 往復を考えると、急いでも2週間……ガラス球関係でエッケンハルトさんにこちらから連絡をしたのが、ランジ村にセバスチャンさんが来る前と考えても、まだそんなに経っていないから、早すぎる。

 どういう事なんだろう?


「エッケンハルトさんからの連絡が早いのは、どうしてなんでしょうか……」

「そうですね……私にもわかりません。お父様は思いついたら行動……という所がありますから、何かあったのかもしれません」


 クレアさんに問いかけてみたが、さすがにどうしてなのかまではわからない様子だ。

 レオなら往復をする時間はもっと短縮できるかもしれないが、同じような移動手段を持っていないのは間違いないからな……馬で移動してどうやってこの距離と時間を短縮したんだろう……。

 思い立ったら……というのは俺から見るとエッケンハルトさんらしいと思えるが、革新的な移動方法を思いついたというわけでもないだろうしな。



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