第183話 違和感を感じました
「しかし……何か変な感じだな……馬車が数台あるのに、人の気配があまりしない……」
馬車には馬が繋がれているのは当然だが、それを操る御者がいる。
だけど、馬車の数とは別に人の気配が少ないような気がする……馬車の中にでも入っているんだろうか?
「それで、ブドウの方はどうでしょう? 良い出来ですか?」
「ん、あ、ああ。今回も良い出来ですよ」
「しかし、前回に引き続き、いつもの方は来られなかったのですか?」
「そ、そうですな。別の用件で忙しそうだったので、今回も私が来る事になりました」
ハンネスさんと話してるのが、例の商人か……。
その商人が言うには、いつもこの村に来ている商人が別の件で忙しく、ここに来る事が出来なかった。
それで、お金を払って代わりに今回は前回と同じ商人が代わりに輸送を受け持った、という事らしい。
遠目だからわかりづらいが、ハンネスさんの質問に答えている商人は、どこかはっきりしない。
少しどもるように喋るな……それがこの商人の癖というだけなら良いんだが、何か別の事を考えているような気がする。
「では、今回もいつものようにブドウを買い取ると言う事で……」
「あ、ああ。そうですな……しかし、元気そうですな?」
「はい、それはもう。以前渡されたお守りのおかげで、ワインの方も良く出来ております。おかげで村に活気がありますよ」
「……そ、そうですか……あのお守りは、指定した場所に?」
「ええ、置いてありますよ」
ハンネスさんがブドウを買うように言ったところで、商人の方がハンネスさんの体調を気にし始めた。
どうやらハンネスさんは、あのガラス球の事をお守りと言われて渡されたらしいが、蔵に置くというのも商人が指定した事らしい。
置いてありますよと言ったハンネスさんは、ちらりと俺の方へ視線を向けた。
多分、鎌をかける事の合図のつもりなんだと思う。
「……蔵で出来たワインも、村の人達は飲んでいますかな?」
「ええ、もちろんです。味を確かめないといけませんからね。それに、村の者達は自分達の作ったワインに誇りを持っていますから……当然妥協はありませんよ」
「そ、そうですか……おかしいな……魔法具は確かな物だったはずだ……」
商人の問いに、ハンネスさんはワインを飲んでいると答える。
それに対して商人がハンネスさんに聞こえないよう、小さく呟いたが、今度は俺の耳にしっかりと聞こえた。
やっぱり、あのガラス球は魔法具だったらしい……当たりだな。
やはりこの商人はわかっていてあのガラス球をこの村に置いたようだ。
ワインを使って病を広げる狙いなのだろう。
「となると、さっきから戸惑っているのは……村の人達が病に罹っているように見えないから……か」
恐らく、商人は村の皆が病に罹って伏せっている様子を想像してここまで来たのだろう。
だから、ライ君の両親を始め、ハンネスさんも元気で村の様子も依然と変わらない事に戸惑っていたんだと思う。
それでここまでのどもるような話し方……なのかな。
「どうかされましたか?」
「い、いえ。なんでもありませんよ。それでは、今回持って来たブドウですが……」
戸惑う様子を見せつつも、商人はハンネスさんとブドウの取引をする商談に入る。
ブドウの量や値段等を取り決めて行く。
「……やっぱり何かおかしい」
聞こえて来たブドウの量……だが商人が運んで来た幌馬車との間に違和感を感じる……。
「一体なんだろう……この違和感は……?」
誰にも聞こえないよう、小さく呟きつつ、俺は少しだけ様子を窺うために隠れている場所から出た。
さっきまでより大分暗くなってきているから、少々近付いてもバレないと思う。
「……んー、これは……ブドウ……? いや、どう考えてもそう言った感じじゃないな……商人が連れて来た人か?」
10歩分程近付き、村を囲う柵にへばり付いて身を隠す。
幸い、ライ君の両親が間に立ってくれているので、商人達からは俺の事が見えないだろう。
ここまで来れば、薬草が無くても商人達の声が聞こえる距離だ。
暗くなってきているから出来た事だな。
「ここまで来ると、もう少しわかるな……んー」
ハンネスさんと商人の会話を聞き流し、馬車の方に感覚を向ける。
商人が故意にガラス球を設置させて疫病を仕掛けた事はわかった。
今は何故か感じる違和感を確かめる方が先決だ。
柵にへばり付きながら、馬車の方へ意識を向ける事で何となくわかって来た。
「……これは人じゃないな……もちろんブドウでも無い……まさか!」
探っていた気配に、思い当たる事があって思わず少し大きな声が出てしまった。
商人達の方へ視線を向けるが、こちらに気付いた様子は無かったので良かった。
ハンネスさんだけ、ちらりと俺の方を見ていたけど。
それはともかく、今は馬車の中の事だ。
あの気配は以前にも感じた事がある。
あれはフェンリルの森の中……レオが瞬く間に倒した生き物……。
「魔物……オーク……か……どうして商人の馬車にオークが……?」
確かオークは、見境なく人を襲う魔物だとクレアさん達から聞いている。
実際、森の中で遭遇したオーク達はいずれも、俺達を見るや否や襲って来ようとしていた。
しかし、馬車にいると感じるオークの気配はおとなしく、暴れる様子はない。
繋がれてたりするのか……?
「しかしオークを馬車で運ぶなんて……商品だとでも言うのか……?」
魔物を売買する何て事は、クレアさんやセバスチャンんさん達からは聞いた事が無い。
もしかしたら、どこかにそういった商売もあるのかもしれないが……この商人は村にブドウを降ろしに来たはずだ。
なのに何故馬車にはオークが積んであるのか……?
一応、ブドウもあるようで、馬車の横には2個ほど木箱が降ろされ、その中から果物の甘い香りもしている。
だけど、オークが馬車にいる事を考えると……さっきハンネスさんに言っていたブドウの量があるようには思えないんだが……。
「違和感はこれか……」
ハンネスさんとの取引をしている商人。
売ろうとしているブドウの数と、実際に持って来ているブドウの数が合わない。
馬車に本当にブドウがしっかり積まれているのであれば、ハンネスさんに伝えた量があるんだろが、実際にはオークがいる。
オークがいる事でスペースを取っているんだから、村で買う量のブドウが運べるとは思えないからな……。
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