第159話 ランジ村へ向けて出発しました




「ワフワフ……ワフゥ」

「早く身を固めろ?」


 レオは俺に早くつがいを見つけろと言っているんだが……つがいねぇ……。

 それって恋人だとか結婚相手って事だろ?


「俺なんかがクレアさんやライラさんと、って考えるのは失礼だろ」

「ワフゥ」


 俺がそう返すと、レオはやれやれと言った感じで首を振って溜め息を吐いている。

 ……クレアさんは公爵令嬢という地位のある女性だし、ライラさんはこの屋敷で使用人として働いている。

 間違いなく有能な二人の相手が俺だなんて、さすがに失礼だと思うんだがなぁ……。


「……しばらくヘレーナさんの料理も食べられないのか……」

「タクミ様、移動中の食料は荷物の一つとして用意させて頂きました」


 レオからの追求を避け、食堂に行って皆で朝食を食べる……使用人見習いのミリナちゃんは別だ。

 食べ終わってお茶を飲んでいる時、出かけている間はヘレーナさんの美味しい料理が食べられない事を少し残念に思う。

 セバスチャンさんが、食料を用意してくれたようだけど、さすがにそれとヘレーナさんの料理では違うだろうしなぁ。

 そんな事を考えながら、部屋にまとめた荷物と、セバスチャンさんが用意してくれた食料その他の荷物を持って玄関ホールへ。


「タクミさん、お気を付けて」

「タクミさん、早く帰って来て下さいね!」

「師匠の力で、病の人達を助けてあげて下さい」

「キャゥーキャゥー」


 見送りには、使用人さん数人とクレアさん、ティルラちゃんとミリナちゃん、それにシェリーだ。

 それぞれの言葉を聞きながら、荷物をレオの首の後ろへ括り付ける。

 驚いた事に、唐草模様の風呂敷が用意され、それにすべての荷物を包んでレオに括り付ける事で、運ぶことが出来るようにしてくれた。

 唐草模様……この世界にもあるんだなぁ……日本文化とか全然ないはずなのに……。

 日本でも忘れられそうな、昔の泥棒を彷彿とさせる風呂敷をレオに括り付け、その後ろに俺が乗る。

 ……荷物に抱き着く感じで微妙ではあるが、衣服を外側にしてクッションになっているので、これはこれで乗り心地は悪くなさそうだ。


「では、参りましょうか。タクミ様」

「はい……って、セバスチャンさんも来るんですか?」


 俺の後から、後ろに乗ったセバスチャンさん。

 聞いてなかったんだが、セバスチャンさんもランジ村まで来るのか? 例の店の事もあって色々やる事がありそうなんだが……。


「いえ、私はラクトスまでですね。ついでなので、一緒に行こうかと思いまして」

「あぁ、そうなんですか。レオ、荷物に加えて二人乗ってるが……大丈夫か?」

「ワフ!」

「レオ様には、昨日重くなっても大丈夫か聞きましたからな」


 いつの間にか、セバスチャンさんはレオに二人以上乗っても大丈夫か聞いていたようだ。

 任せろと言わんばかりのレオの頷きを見て安心する。


「では、行って参ります」


 後ろを振り返り、屋敷の玄関ホールから見送る皆に挨拶をする。


「「「「「行ってらっしゃいませ!」」」」」


 いつものように、使用人さん達が一斉に声を上げて礼をするのを見た後、玄関を出る。

 ……声を上げた中に、クレアさん達皆が混ざってたような気がするが……。

 ミリナちゃんは見習いだから良いとしても、使用人ではないクレアさんはそれで良いのだろうか?

 などと考えながら、レオが走り出して屋敷を出る。

 いつもの馬車で移動するよりも早い。


「さすがレオ様ですな。これなら馬車で移動する半分以下でラクトスに到着しそうですな」

「そうですね。いつもは馬に合わせた速度ですからね。それに、今は俺達を振り落とさないようにしてるので、レオだけだったらもっと早いと思いますよ」


 俺の後ろに乗ってるセバスチャンさんは、レオの走るスピードに関心してる様子だ。

 レオが本気で走ったら、ラクトスまでなら数分で到着するんだろうな……そんな速度を出したら、俺が振り落とされそうだけど。


「そういえば、セバスチャンさん」

「はい、どうかされましたか?」

「ラクトスへは何をしに行くんですか?」


 セバスチャンさんが単独で屋敷を出るのは珍しい。

 俺が屋敷に来てからは、一度もそんな事が無かったはずだ。

 そんなセバスチャンさんが屋敷を離れて、街に行くという事は何かあるのかもしれない。


「例の店の件ですな。実際に店を見る事と……屋敷にいては知る事の出来ない情報を得ようと思います」

「屋敷にいたら知る事が出来ない……ですか?」

「はい。屋敷にいても、入って来る情報は人伝のものしかありません。やはり、実際に自分の目でみて聞いて確かめる情報というのは、大事なものですよ。それに、情報の鮮度というのもありますな」

「鮮度……」


 自分の目で見る事と、人から聞く事は情報の中身が違っても、得る事が出来る大きさが違うのは何となくわかる。

 百聞は一見に如かずとも言うしな……ちょっと違うかもしれないが……。

 けど、鮮度か……確かに通信技術が発達していないこの世界だと、インターネットみたいに家にいても最新の情報が入ってくるわけじゃない。

 人伝にという事は、その情報が入ってから多少は時間が経っている事だしな。

 実際に現地に行って得る情報というのは、俺が考えているより重要な事なのかもしれない。

 まぁ、ネットやなんかで得た情報が正しいとも限らないし、自分が赴いて確かめたり判断する事は大事なのかもな。


「あと、カレスの店にも行かなくてはなりません」

「カレスさんの店ですか?」

「ラモギの値下げを伝えるためですな。カレスは有能な商人ですが……利益を上げられる物を、無理に値下げする事に反対するかもしれません」

「まぁ、そんな事をしなくても今は売れますからね」


 疫病が流行っているラクトスなら、放っておいてもラモギが売れる事は間違いない。

 でも、貧しい人達に薬を行き渡らせるためにも、期間限定だが値段を下げる事を決めた。

 商人にとっては、利益をむざむざ逃すようで、あまり良い顔は出来ないだろう。


「書面で伝えるだけでは、カレスは納得しないでしょうからな。まぁ、貧困している人達を救うためなら、カレスも断る事はしないでしょう」

「そうなんですか」

「カレスも商人とは言え、公爵家の方針をよく理解して共感している一人です。領民には出来る限り健やかに過ごして欲しい……その理念で商売をしているのです」



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る