第138話 接客のなんたるかを熱く語りそうになりました



「途中でカレスさんのお店に寄って行きましょう。薬草の方は持って来てあります」

「いつの間に……ありがとうございます」


 どうやら、ライラさんが馬車に薬草を積んでいてくれたらしい。

 屋敷にいる誰かが、ニックに渡してくれたらと考えていたんだが、ライラさんは店に寄る事を想定してたようだ。

 優秀なメイドさんだな。


「それでは、後程カレス殿の店に向かいますので、タクミ様は先に」

「はい、お願いします。行きましょう、ライラさん」

「はい」


 ラクトスの街で、執事さんに馬車を預けるのを任せ、俺とライラさんはカレスさんの店に急ぐ。

 途中ですれ違ったりしなかったから、大丈夫だと思うが、ニックが屋敷へ出発してしまうと、二度手間だからな。


「カレスさん」

「おや? これはタクミ様。本日はどうされたので?」


 店の前で、準備をしていたカレスさんを見付けて声を掛ける。

 カレスさんは俺を見て、何故ここに来たのか不思議顔だ。

 まぁ、予定していなかったから当然か。


「この街に来る用があったので、ついでに薬草を持ってきました」

「わざわざありがとうございます。タクミ様の薬草の評判はとても良く、連日飛ぶように売れていますよ」


 俺が持って来た薬草の入った袋を受け取りつつ、カレスさんは笑いが止まらないといった様子だ。

 粗悪な薬草を売る店と違って、ちゃんとした物を売ってるから評判になるのは当然と思うが、それでも自分の作った物を褒められるのは嬉しいな。


「あれ? アニキじゃねぇっすか。どうしたんです、今から屋敷に向かおうと思ったんすけど」

「ニック。ちょうどこの街に来る用があったからな。ついでに薬草を届けに来たんだよ」


 カレスさんと話してると、店の中からニックが出て来て驚いている。

 まだニックが出発する前で良かったな。


「カレスさん、ニックの働きはどうですか? 一応、屋敷に来るニックを見る限り、真面目に働いてそうですけど」


 いい機会だから、ニックの事をカレスさんに直接聞いておこう。

 店員さんからの話も聞いてるが、使う人に聞くとまた違う評価があるかもしれないからな。


「こちらが驚く程真面目に働いてくれてますよ。始めたばかりなので、まだ覚える事が多いのは仕方ないですが、これがあの暴れてた男かと私や他の皆も驚く毎日です」

「いやーははは」


 カレスさんの評価に、ニックは照れたように頭を撫でている。

 ふむ、考えていたよりも高評価だな。


「しかし……」

「やっぱり何か、しでかしましたか?」


 カレスさんが言葉を止めて、難しい顔をする。

 何かやらかしたのかな?


「もう少し、接客というものを学んで頂きませんとな……先日も、お客様に対して少々無礼な対応をしてしまいましたので」

「あれは……あの客が悪いんでさぁ。アニキの薬草にケチを付けるから……」

「はぁ……ニック……それでもな、お客様の対応と言うのは、丁寧にしなきゃいけないんだぞ」


 クレーマーというのは何処にでもいるものだ。

 ニックからしたら、俺が作った薬草に難癖を付けられて気分が悪かったんだろうと思うが、相手はお客様。

 それに、その対応を他のお客が見ている事もあるから……対応は慎重にしないといけない。

 今まで暴れたり、人に絡んでいたりで好き勝手やって来たようだから、その辺りの事を教え込まないといけないんだろうな。


「タクミ様、そろそろ……」

「あぁ、すみません。カレスさん、ニックの事は任せても大丈夫ですか?」

「はい、お任せください。しっかりと、接客とは何かを叩き込んで見せますよ」

「……お手柔らかに頼むっす……」

「では、これで」

「はい、わざわざ薬草を届けて頂いて、ありがとうございました」

「アニキ、またっす」


 ライラさんに言われ、孤児院に行かないといけない事を思い出す俺。

 ミリアちゃんを待たせちゃいけないな……ニックに接客の指導をするのはカレスさんに任せ、俺は二人と別れて孤児院へ向かった。


「すみません、ライラさん」

「いえ。あのままでは、ニックさんの指導を始めそうでしたので、止めさせて頂きました。時間には余裕があります」

「そうですか。止めてもらって助かりました」


 孤児院に向かう途中、ライラさんと話す。

 ちなみに馬車を預けていた執事さんは、店を離れた辺りで合流した。

 ニックに指導をするのはカレスさんに任せたが、ライラさんに止められなければ、あのまま熱の入った指導をしていただろうな……。


「すみません、ミリナちゃんを迎えに来ました」

「あぁ、タクミ様。ようこそいらっしゃいました。ミリナは院長と一緒に首を長くして待っていましたよ」


 孤児院に着き、入り口の掃除をしていた女性に話しかける。

 確か……以前来た時も対応してくれた人だったな。

 その人は、迎えを待ってそわそわしてるミリナちゃんの様子を思い浮かべて、クスクス笑いながら中へ通してくれた。


「アンナさん、失礼します。ミリナちゃん、迎えに来たよ」

「タクミ様、お迎えありがとうございます」

「師匠、待ってました!」


 通された部屋は客間のような場所。

 そこに入って、院長であるアンナさんに挨拶をしながら、ミリナちゃんにも声を掛ける。

 俺をみたミリナちゃんは、輝くような満面の笑みを浮かべ、俺に向かって駆けて来る。

 よっぽど待ち遠しかったんだな。


「準備は出来てるかい?」

「はい。荷物はまとめてあります!」

「タクミ様、ミリナの事……よろしくお願いします」

「はい。責任を持って、お預かりします」


 ミリナちゃんは、まとめてある荷物をいくつか持ち、外へ出て行く。

 それにライラさんが付いて行って、一緒に運び出すようだ。

 アンナさんには、しっかりミリナちゃんを預かる責任を持つ事を伝え、頷いておいた。

 深々とお辞儀するアンナさんを残し、俺もミリナちゃんを手伝うために部屋を出た。


「これで全部かい?」

「はい。元々あまり物を持つ方では無いので」


 ミリナちゃんの荷物を手分けして持ち、孤児院の外に出る。

 家具とかは屋敷の方で用意するようだから、服や小物等がほとんどだ。

 あまり物を持つ方ではないと言うミリナちゃんだが、そこは女の子、結構な量があった。



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