第139話 ミリナちゃんを連れて帰りました



「それでは出発しましょうか」

「そうですね」

「はい!」

「「「ミリナちゃーん。さようならー!」」」」

「皆……」


 思ったよりも軽い荷物を持ち孤児院を離れようとしたところで、子供達が見送りに出て来たようだ。

 その後ろには、巣立つ嬉しさと寂しさを滲ませて複雑な表情をしているアンナさんもいた。

 

「……院長先生、皆元気でね!」


 ミリナちゃんは一度涙を堪えるように目を閉じた後、皆に別れを告げて俺達と一緒に孤児院を離れた。


「ワフ……」

「レオ様……優しいですね……」


 孤児院から離れてしばらく歩いた時、レオがミリナちゃんを気遣って体を寄せる。

 荷物を持ちながらだから少し不格好だが、レオにもたれかかってその毛に包まれた。


「ミリナちゃん……」

「大丈夫です……」

「ワフ?」

「ありがとうございます、レオ様。もう大丈夫です!」


 柔らかい銀色の毛に包まれていたミリナちゃんは、心配そうに鳴くレオにそう答えて、顔を上げる。

 その顔には、後ろを振り向かない決意が垣間見えた。


「お待たせしました」


 執事さんが馬車と馬を連れて来てくれて、皆でそれに荷物を積み込む。

 全て積み込んで、後は帰るだけだ。


「ミリナちゃん」

「はい、どうかしましたか師匠?」


 俺達と一緒の馬車に乗る事を躊躇していたミリナちゃんに声を掛ける。


「屋敷へは、レオに乗って行くと良いよ」

「レオ様にですか? 乗れるのですか!?」

「あぁ。な、レオ」

「ワフ!」


 レオに乗れることに驚くミリナちゃん。

 俺が声を掛けると、任せろとばかりに頷いたレオが、ミリナちゃんの前で背中を向けて伏せをした。


「良いんでしょうか?」

「大丈夫だよ。振り落としたりしないから。ほら」

「ワフワフ」

「キャゥー」


 本当にレオに乗って良いのかを、気にしているミリナちゃんの背中を押して、レオに乗せる。

 レオは、誰かを乗せるのが嬉しいようで、鳴きながら尻尾を振ってる。

 ずっとレオの背中に乗っていたシェリーも、ミリナちゃんを歓迎するように鳴いた。


「フカフカで凄いです……それと……シェリー、でしたっけ?」

「キャゥ!」


 ミリナちゃんに名前を呼ばれたシェリーは、嬉しそうに鳴いてミリナちゃんに飛び込む。

 シェリーを、ミリナちゃんがしっかり抱いているのを確認して、俺は馬車に乗り込んだ。


「タクミ様は優しいですね」

「そうですか? レオが誰かを乗せたがっていたように見えましたから、こうしただけですよ?」

「……ミリナが寂しそうな様子を見てとったから、ですよね?」

「……まぁ、今まで育った場所や人と別れるのは……寂しいものですからね」

「やはり、優しい人ですね」


 俺の意図はライラさんにバレていたようだ。

 距離が近いのもあって結構恥ずかしい……。

 ミリナちゃんは大丈夫と言っていたけど、やっぱり今までいた場所を離れると言うのは寂しいものだ。

 俺はこの世界に来る時、レオと一緒だったからそうでも無かったが、学生で一人暮らしを始めた時は、今までお世話になった伯父さん達から離れるのに、寂しさを感じたのは覚えている。


「では、出立致します」


 執事さんの言葉で、馬車は動き出し、それに並ぶようにレオが走り出した。

 街を出る頃、レオの背中でラクトスを振り向いて、見つめてるミリナちゃんが馬車から見えた。

 ……やっぱり、寂しいんだろうな。


「レオ様、ありがとうございました」

「ワフ」

「レオの乗り心地はどうだった、ミリナちゃん?」

「とっても良かったです。フカフカなおかげで、馬車のようにお尻が痛くもなりませんでした!」


 レオの毛がクッションになるおかげで、馬車のように揺れても大丈夫だったようだ。

 確かに、馬車だと結構揺れる衝撃が来るからな……サスペンションとか無いんだろうか?


「では、荷物を運び入れますね」

「お願いします」

「あ、私も手伝います。私の荷物ですし!」

「今日は良いのですよ、ミリナ。明日からは使用人と同じ扱いになりますが、今日だけはまだお客様です」

「……わかりました」


 ライラさんが馬車から荷物を取り出し、俺達が帰って来た事を知った使用人さん達が何人か屋敷から出て来て、それを中に運び込んだ。

 今日のミリナちゃんはお客様扱いか……まぁ、今日くらいは良いのかもしれないな。


「じゃあ、中に入ろうか!」

「はい! 公爵様のお屋敷……緊張します……」

「そんなに緊張しなくても大丈夫だよ。皆優しい人ばかりだから」


 緊張して、左右の手足が一緒に出ているミリナちゃんに声を掛けながら、屋敷へと入った。


「「「お帰りなさいませ、タクミ様。いらっしゃいませ、ミリナお嬢様」」」

「ひっ!」

「あはは、怖がらなくても良いんだよ。この屋敷特有の歓迎だからね」


 屋敷に入ると、使用人さん達が数人で出迎えて、いつものように一斉に声を掛けて来た。

 ミリナちゃんはいきなりの出来事に、顔を強張らせている。

 公爵家の屋敷ってだけで緊張してたのにさらにこれは、何も知らなかったら怖いかもな。

 それと、ミリナちゃんの事をお嬢様と呼んでるのは、今日はまだお客様扱いだからだろう。


「ミリナ、久しぶりね。貴女もこの屋敷に来れるようになって嬉しいわ!」

「ついにミリナも来たのね……私も年を取るわけだわ……」

「タクミ様の弟子だって? 思い切った事をするんだな、ミリナ」

「皆……」


 出迎えてくれた使用人さん達の中から、何人かが進み出てミリナちゃんに声を掛けている。

 どうやら、孤児院出身同士の知り合いらしい。

 そうか……そういえば、クレアさんが積極的に孤児院から採用してるって言ってたな……。

 知り合いがいるのなら、ミリナちゃんも寂しくないだろうな。


「タクミさん、お帰りなさい」

「お帰りなさいませ、タクミ様」

「クレアさん、セバスチャンさんも。ただいま帰りました」

「あ、クレア様。本日からよろしくお願い致します」


 階段の奥から、クレアさんとセバスチャンさんが来て、挨拶を交わす。

 ミリナちゃんは、畏まった様子で、ぎこちなくクレアさんに礼をしているな。


「ミリナちゃん、ようこそリーベルト家の屋敷へ。歓迎するわ」

「はい。ありがとうございます」


 朗らかに微笑んで、ミリナちゃんを歓迎するクレアさん。

 その後、知り合い数人に連れられて、ミリナちゃんは寝泊まりする部屋に案内されて行った。

 その中にはライラさんとゲルダさんもいた。

 そう言えば、あの二人も孤児院出身だったっけ……。



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