第137話 ミリナちゃんの迎えに出発しました



「粗悪な薬を売っているという事は、理由になりませんか?」

「粗悪な薬を売って汚い商売をしていますが、それだけでは弱いですね。ただの店ならばそれで良いのでしょうけど、貴族が後ろ盾になっているので……逆手に取られれば、こちらが難癖を付けていると言われかねません」

「他に何かがあれば良いのですけど……」

「……そうですか」


 その後、とにかくエッケンハルトさんに報せを出す事との結論で、その場は解散となった。

 皆、くらい雰囲気で食堂を出て行った。

 俺とティルラちゃんは、レオを連れて素振りのため裏庭へ。

 ティルラちゃんはいつも通りだったが、俺はいつも通りとはいかなかった。


「ワフゥ……ワフ!」

「あぁ……すまない、ありがとうなレオ」


 粗悪な薬を売って、住民を苦しませてそれで利益を出す店……自分も薬草や薬を作る事を始めたからか、その店を許せないという気持ちでいっぱいだった。

 しかし、そんな乱れた感情のまま素振りをしても意味は無い。

 心配したレオが、顔を寄せて来た事で気付かされた。

 レオに感謝し、体を撫でてやった後、今度こそティルラちゃんと一緒に素振りに打ち込んだ。


「ワフ」


 素振りに打ち込む俺を見て、安心したように頷いているレオ。

 何だか、どっちが保護者かわからなくなる感じだが……。

 とにかく、店の事は許せないが、今は鍛錬に集中しよう。

 エッケンハルトさんならきっと、上手いやり方を考えて対処してくれると信じる。


「おやすみ、ティルラちゃん」

「はい。タクミさんもおやすみなさい」

「ワフー」


 素振り後、ティルラちゃんに就寝の挨拶をして別れる。

 汗を風呂でしっかり流して、ベッドに入った。

 考える事は色々あるが、出来る事は少ないからな……今は休む事にしよう。


―――――――――――――――――――


 それから数日は、特に何事も無かった。

 セバスチャンさんからも、未だ決定的な証拠が掴めず、エッケンハルトさんからの報せを待つばかりとの事だ

 俺とティルラちゃんは、鍛錬をする毎日。

 まぁ、ティルラちゃんの方は勉強もあったけどな。


「俺も勉強した方が良いかな……」


 この世界の事をほとんど知らない俺だから、一緒に勉強した方が良いのかも知れないと考えたが、鍛錬や薬草販売があるため見送った。

 ……いずれ勉強しないといけないだろうけどな。

 あとは、鍛錬の合間を見て、カレスさんの店で販売する薬草の栽培。

 ラモギの売れ行きが良いらしく、それがメインの注文だ。

 意外にも、ニックは真面目に働いているらしい。

 一度、ニックと一緒に屋敷へ来た店員さんに聞いてみた。


「ニックは、ちゃんと働いていますか?」

「はい。まだまだ覚える事は有りますが、良く働いてくれてますよ。最近は、アニキの顔に泥を塗るわけにはいかねっす! が、口癖のようですね」


 そう言ってクスクス笑う店員さん。

 アニキと呼ばれる事にはまだ慣れないが、ちゃんと働く理由になっているのなら良いか。

 ニックがしっかり働いて、カレスさんの店でラモギが売れれば、それだけ粗悪な薬売りの店が繁盛しないという事にも繋がるかもしれないからな。

 あとは、クレアさんがセバスチャンさんに言って、俺が伝えた予防の事をラクトスの街に周知させた。

 まぁ、広場にお触れとして出した程度らしいが、これを少しでも実践してくれる人がいれば、疫病に罹る人も多少は少なくなってくれるだろうと思う。


「タクミさん、今日は孤児院に行く日ですよ?」

「あぁ……そういえばそうでしたね」


 朝食の時、ここ数日の事を思い返していた俺に、クレアさんが大事な事を忘れていたのを思い出させてくれた。

 そう言えば、今日はミリナちゃんが来る予定だった。

 荷物などの移動があるから、念のため、迎えに行く事になっていた。

 ミリナちゃん一人で荷物を持って、この屋敷に来るのはちょっとな。


「私はセバスチャンと話す事があるので、一緒に行けませんが……」

「わかりました。俺に任せておいて下さい。アンナさんにはよろしく伝えておきますよ」

「お願いします」


 クレアさんは、例の店の事でセバスチャンさんと話す事があるようだ。

 まだエッケンハルトさんからの音沙汰は無いが、出来る事をしておきたいのだろうと思う。


「レオ、行くぞ」

「ワフ」

「キャゥー」

「シェリーも行くのか?」


 屋敷の玄関ホールで、ラクトスに向かって出発しようとすると、レオの背中に乗って一緒に返事をするシェリー。

 最近そこが定位置になって来てるな。


「キャゥキャゥ」

「ワフワフ」


 シェリーの言う事はまだはっきりとわからないから、レオが通訳してくれるが何々……。

 人に慣れるためについて行く……と、そういう事か。


「ま、勉強のためと考えれば良いか。クレアさんやティルラちゃんの傍にいなくて良いのか?」

「キャゥーキャゥキャゥ」

「ワフーワフワフ」


 えーと、難しい話しをしていてつまらないから、楽しそうなこっちに来ると。

 こっちも遊びじゃないんだけどな……まぁ、勉強をしているティルラちゃんやセバスチャンさんと話してるクレアさんの傍にいるよりは気楽なのは確かか。


「それじゃあ、一緒に行くか。おとなしくしてるんだぞ?」

「キャゥ」

「ワフ」


 シェリーとレオが頷いたのを見て、俺は屋敷を出る。

 屋敷の外には、馬車が用意されていて、執事さんが一人とライラさんが待っていた。


「タクミ様、同行させて頂きます」

「お願いしますね。そちらの執事さんも」

「はい」


 執事さんが御者台に乗り、俺とライラさんは馬車へ。

 ライラさんが来るのは、ミリナちゃんの荷物があるからだろう……女の子の荷物だからな、女性が付いていた方が良いと思う。


「では、出立致します」


 執事さんの言葉で、馬車が走り出す。


「ワフー」

「キャゥー」


 馬車に並んで、レオが嬉しそうに走り出す。

 背中に乗ったシェリーも楽しそうだ。


「あ」

「どうかされましたか?」

「いえ、今日の薬草をニックに渡していないなぁと……」


 いつもは昼食の時間の、少し前あたりに来るニック。

 ラクトスの街から屋敷までの移動で、そのくらいの時間になるんだろう……馬とか使って無いからな。

 だが今日は、朝食を食べてすぐの出発だったのでニックに作った薬草を渡していない、薬草自体は昨夜のうちに作っておいたんだがなぁ。



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