第135話 薬草運びのニックに報酬を渡しました



「タクミ様、お客様です」

「俺に、ですか?」

「ワフ」


 翌日、昼食までの時間で鍛錬をしていた俺に、ゲルダさんが呼びに来た。

 まだこの世界に来て、ろくに知り合いのいない俺に客が来る事があるのだろうか?

 何故かレオが訳知り顔で頷いてたが、お前今まで俺と一緒にいたから客が誰か知らないだろう? 

 不思議に思いつつも、汗を拭きながらゲルダさんと、屋敷の玄関ホールへ行く。


「アニキ、お疲れ様です!」

「……その呼び方……ニックか?」

「はい、そうです!」


 誰かと思えばニックだった。

 しかしその頭は、昨日までのようなモヒカンでは無くスキンヘッドになっている……剃ったのか……まぁ、カレスさんの店で使う以上客商売だからモヒカンのままよりはマシか。

 服の方も、棘等の装飾が付いたものでは無く、一般的な服装になっていて、人相は若干悪いが普通の人に見えなくもない。

 ……ニックが来たからレオが頷いていたのか……セバスチャンさんの魔法で、レオもどこにいるのかわかるみたいだから。


「どうした、わざわざここまで来て。カレスさんに店を追い出されたか?」


 ニックがまともに働かず、カレスさんに追い出されたと言うのなら、俺が謝らなければいけない。

 雇うと決めて、カレスさんの店に置いて来たのは俺だからな。


「さすがに俺でも、昨日の今日で追い出されたりしやせんよ! アニキ、薬草を取りに来ました」

「あぁ、薬草か」


 そう言えば、カレスさんとこの屋敷の間で、販売する薬草を運ぶのを任せる事にしたんだった。

 昨日はあれから孤児院の事があったり、悪質な店の事を考えていたからすっかり忘れてた。

 セバスチャンさんも、そちらの方にかかりきりで忙しいようだしな。


「どうするか……」

「まだ薬草が出来ていないんで?」

「あぁ、そうなんだが……ちょっと待ってろ」


 ニックをその場に置いて、俺はゲルダさんにセバスチャンさんがいる場所を聞き、そこへ向かう。


「セバスチャンさん、良いですか?」

「タクミ様ですか? どうぞ」


 執事達の執務室となっている部屋は、屋敷の2階の端にあった。

 扉をノックして声を掛けると、すぐにセバスチャンさんから許可が出る。


「失礼します」


 扉を開けて中に入ると、複数の机が横並びになっていて、部屋の一番奥でセバスチャンさんは書類が積み重なった机に座っていた。

 何か、以前の世界の会社を思い出す部屋だな……。


「どうかされましたか?」

「いえ、ニックが薬草を取りに来たんですけど……どうしましょう?」

「そういえば、まだ今日の注文書を渡しておりませんでしたな。申し訳ありません、悪質な店の情報を整理するのに忙しかったもので」


 やっぱりセバスチャンさんは、そちらに忙しかったようだ。

 朝食の時も、いつもはクレアさんの後ろで控えているのに、今日はいなかったしな。


「えーと……こちらになります。数は昨日の販売分よりも多めになっておりますが、大丈夫でしょうか?」

「んーと……ええ、これくらいなら大丈夫です。まだまだ余裕がありそうです」

「よろしくお願いします」

「はい。セバスチャンさんも、無理はしないで下さいね」

「ほほほ、私ももう若くありませんからね。自分の限界はわかっていますよ」


 セバスチャンさんから注文書を受け取った俺は、一度玄関ホールへ戻って、ニックに待つように伝えた後、また裏庭へ。

 ティルラちゃんが鍛錬をしているのを見ながら、レオの横で『雑草栽培』を使う。


「ワフ?」

「これは今日の分の薬草だ。食べちゃダメだぞ?」

「キャゥ」


 レオが首を傾げてどうしたのかという表情だったので、薬草を作る事を説明する。

 俺が手を付いた地面から生えて来た植物を、興味深そうに鼻先を近づけたシェリーに注意はしておく。

 大丈夫だとは思うが、間違って食べたりしたらいけないからな。


「しかし、やっぱりラモギが多いのか」


 昨日の薬草や薬の売れ行きも、ラモギが真っ先に完売したようで、今日は多めの注文だった。

 街で疫病が流行り始めてるのか、もう広まってしまっているのか……。

 30分程で、全ての薬草を用意する。

 『雑草栽培』を使う傍ら、薬草を使える状態に変化させた先から、ライラさんに手伝ってもらって種類ごとに包装する。

 個別にするには時間がかかるから、それはカレスさんに任せよう。


「よし、出来たな。ライラさん、手伝って下さってありがとうございます」

「いえ、お役に立てたのなら良かったです」


 ライラさんにお礼を言った後、俺は待たせているニックの所へ行くため、玄関ホールへ。

 途中、ゲルダさんに会って、ニックは客間に案内したと伝えられ、そちらへ方向転換。


「待たせたな。薬草、持って来たぞ。」

「アニキ、凄い所ですね……ここ」


 ニックは、客間に入って声を掛けた俺に、呆けた顔をしながら室内を見回している。

 まぁ、公爵家の屋敷だからな。

 調度品も良い物ばかりのように見えるし、部屋も広い。

 こういう所に馴染みのなさそうなニックなら、驚くのも仕方ない事だろう。

 俺も、最初ここに来た時は驚いたしな……。


「ここで変な事はするなよ。ほら、これを持って行ってくれ」

「へい、畏まりやして! 必ずカレスさんの所まで持って行きます!」

「あぁ、頼んだ。……あーそれと……」

「どうしたんですかい、アニキ?」


 薬草の入った袋を受け取ったニックが、部屋を出ようとしたところを呼び止める。

 振り返ったニックに近付きながら、持っていた金貨を1枚取り出した。


「とりあえずの報酬だ。何日か分をまとめてだがな。今、お金を持って無いだろう?」

「……アニキ……ありがとうございやす!」


 俺から金貨を受け取ったニックは、感激したように目を潤ませながら深々と頭を下げる。

 そこまで喜ぶような事か?

 まぁ、金が無くて困ってたから、暴れるような事をしたんだと思うしな、とりあえずは困らないようにしておきたい。

 報酬の相場を昨日の帰り道で、セバスチャンさんに聞いて良かった。

 金貨1枚で大体半月以上~1月分らしい。


「まぁ、こことラクトスの町の往復をさせるからな」


 往復させる分、報酬を弾んでおかないといけないと考えた。

 交通費と言うわけじゃないが、これで半月分としておこう。

 後は、ニックの仕事ぶりを見てから増やすか減らすか考えようと思う。

 そのうち、ニックを任せたカレスさんにも聞いておかないとな。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る