第125話 男を雇う事が決まりました



 俺の言葉に続いて、レオが牙を見せながら男を威嚇すると、顔を青ざめさせたまま逃げない事を誓う。

 信じられるかどうかはこれからの働きにかかってるが、レオがシルバーフェンリルだと知れば逃げられない相手だという事もわかるはずだから、軽はずみな行動はしないだろう。


「なら、俺に雇われてみるか?」

「こんな俺を雇ってくれるなんて……はい! 一生懸命働きます!」


 男は、俺の言葉に感動したように頷いて承諾した。


「では、セバスチャンさん。お願いします」

「罪人を雇う事になりますが、よろしいのですか?」

「ええ。こういった輩にも、ちゃんとした道を示せば更生してくれると信じてますよ。もちろん、もし逃げた場合は全力でレオに追い掛けさせますが」

「甘い、と言うべきなのでしょうな。私の立場で考えると……。ですが、その考えには好感が持てます。わかりました、魔法を掛けましょう」


 確かにセバスチャンさんの言う通り、甘いのかもしれない。

 罪人である事には間違いないのだ、この男が反省せず、また同じように罪を重ねる可能性もある。

 だけど、何故かこの男をこのまま処罰されるのを見過ごす事が出来なかったんだよなぁ。


「それでは……ブラックエレメント・マークパスュートゥ」


 セバスチャンさんは一度、俺に向かって頷いて男に向き直る。

 縛られたままの男に手をかざして呪文の詠唱、魔法を使った。

 かざした手から黒い糸が出て、男の体に巻き付き、数秒で消える。

 これで、追跡出来るようになったらしい……不思議な光景だったな。


「これでこの男の所在がいつでもわかるようになりました。レオ様、どうですか?」

「ワフ」


 セバスチャンさんの問いかけに頷くレオ。

 どうやらレオの方でも魔法による所在把握が出来るようになったみたいだ。

 ……便利だなぁ、魔法って。


「それじゃあ、縛ってる縄を外すぞ? わかってると思うが……」

「は、はい! 暴れたりしません!」


 縄を外すため、男に近付いて声を掛ける。

 俺の言葉に男は、レオの方を見ながらコクコクと頷いた。

 俺の後ろで、レオが牙を出して威嚇してるのか……それを見れば暴れるなんて考えは出て来なさそうだな……。


「ほら、外したぞ」

「ありがとうございます、アニキ!」

「アニキ?」

「助けてくれた恩人だから、アニキって呼ばせて下さい!」

「まぁ、いいけど……真面目に働けよ?」

「はい!」


 俺をアニキと呼んだ男は、笑顔で頷く。

 しかし……こんな世紀末的な男にアニキって呼ばれるのも何か変な気分だな……。


「あー、カレスさん。ちょっと良いですか?」

「はい、何でしょうタクミ様?」


 俺が男の処遇を決めている間に、カレスさんはちゃっかり集まった人達に向けて薬草を販売していたようだ。

 いつの間に……商魂たくましいと言うか何と言うか……。

 そんなカレスさんを呼んで、これからの事を話す。


「カレスさん、この男がこれから薬草を運ぶ仕事をする事になりました。まぁ、それ以外の時間は適当にこの店で使ってやって下さい」

「えーと……確かに人手が加わるのは良い事なのですが、大丈夫なのですか?」

「大丈夫でしょう。セバスチャンさんにも魔法を掛けてもらいましたし、それにこれ以上逆らったらどうなるかわかってるでしょうからね。……真面目に働くよな?」

「はい! アニキの顔に泥を塗らないように頑張ります!」

「先程暴れてた男とは思えない変わりようですな……わかりました。このカレス、責任を持ってこの男を預からせてもらいます」

 

 これで、この男はここで働く事が出来る。

 まぁ、報酬というか給料は俺が出さないといけないだろうけどな。

 とは言え、薬草の報酬があるからそれで賄えるだろうと思う……後でセバスチャンさんに相場を聞いておかないと……。


「それでは早速使って見ましょうか……えっと……名前は?」

「ニックっす!」

「それではニック……あちらに行きましょう」

「はい! それじゃアニキ、また!」

「ああ。しっかり働けよ」


 あの男の名前はニックって言うのか……そういえば名前を聞き忘れてた。

 カレスさんにニックを引き渡し、頑張ってくれたレオを撫でながら、成り行きを見守ってくれていたクレアさん達の方へ。


「タクミさん、よろしかったんですか? タクミさんに刃を向けて来た者をあんな……」

「ええ。罪人だからと全て処罰するよりも、更生出来るようであれば更生させた方が良いですからね。……セバスチャンさんには甘いと言われましたが……」


 問いかけて来たクレアさんに、苦笑しながら答える。


「タクミ様が甘いと言うのは間違いないでしょう。しかし、あのように収められた事は敬意を表したいと存じます。公爵家の人間であれば、厳しく処罰しないといけなかったでしょう」

「そうね。私達公爵家がむやみに温情を与えていれば、治めている領地に混乱が生じてしまうでしょうからね」

「それを考えれば、タクミ様に任せたのは正解ですな。……あの男……ニックとやらのこれから次第ではございますが」

「まぁ、大丈夫でしょう。何かあれば、レオがいますから」

「ワフワフ」


 クレアさんとセバスチャンの話では、公爵家だとああいう対処は出来なかったらしい。

 確かに、上に立つ人間が公平でないと、領内を治める事は難しいのかもしれないな。

 ニックに関しては、多分大丈夫だと思うが、もし何かあればレオがいる。

 レオの追跡を躱せるとは思えないしな……鍛錬を始めたばかりの俺に抑えられるくらいだから。


「お帰りなさい! 外の騒ぎは何だったのですか?」

「ただいま、ティルラちゃん」

「ティルラ、タクミさんが面白い事をしてたのよ」


 クレアさん達を伴って、店の中に戻った俺達は、中でおとなしく待っていてくれたティルラちゃんに迎えられる。

 レオはまた、子供達との触れ合いだが、さすがにもうレオが困る程の事にはならないだろう。

 カレスさんと、他の店員さん達も慣れて来てたからな。

 クレアさんは、楽しそうにティルラちゃんへさっきまでの出来事を話し始める。

 セバスチャンさんの補足もありつつ、ティルラちゃんへ外での出来事を説明しながら、店員さんが淹れてくれたお茶を飲んで和やかに過ごしていると、入り口からニックが入って来た。


「アニキ、お疲れ様です! 薬草販売が終了したので呼びに来ました」

「わかった」


 カレスさんに言われて俺達を呼びに来たんだろう。

 薬草の販売が終わったらしいので、俺達はテーブルを離れて店の外へ出た。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る